ワケあり王子は社員食堂の女神に恋をする


「申し訳ありません、蓮見社長…」

よほどこの蓮見京一郎が恐ろしいのか、秘書の顔面は蒼白し額には冷や汗が滲み出る始末。
秘書が屈服した(さま)に気を良くした京一郎は、いつの間にか柔らかな物腰を着飾る紳士の姿へと戻っていた。

「植島さん、秘書が無礼な物言いをして申し訳ない。
──ただ私はここの立地、店の価値はもっとわかる人にこそ知って頂きたい。その為にはやはり誰でも気楽に入れるイタリア料理店よりも高級層の客を取り込めるフランス料理店へと転換し、店内・外構共に高級仕様へと改装していきたいと思っているんです」

裏を返せば、高級層しか相手にしないということではないのか。
一見、下手(したて)に出てるようにも見えるが結局、京一郎の頭の中には金儲けのことしか見えていないのだ。
最初から京一郎の本性を見抜いていた父は彼の言葉を鼻で笑う。

「はっ、結局あなたは何もわかっていない。
料理店が客を選ぶのではなく客が店を選ぶ──少なくともこの店は今までそうやってきた。これからもそれを変えるつもりはない。ここは売らないし、悪いがあなたと話していると無性に腹が立ってくる。
もう帰ってくれないかっ」

「あ、あなた…」

「植島さんっ、あなた社長になんてことをっ──」

秘書の久遠が父の無礼な態度に反論しようとした矢先、京一郎が右手を軽く上げそれを阻止。
久遠は喉まで出かかった言葉にブレーキをかける。

「手厳しいですね…そうですか、わかりました。今日の所はこれで失礼するとします。
──しかし、私は確信しているんです植島さん。……いつか必ず、あなた達の方から買ってくれと懇願し言い寄ってくると」

「何をバカなっ」

京一郎の言葉は茶番だと言わんばかりに父はまともに取り合おうとはしない。
しかし京一郎はそんな父を余所目に不敵な笑みだけ残すと玄関の方へ身体を向け立ち去ろうとした──がその時、玄関先で棒のように突っ立っている岳少年の姿が視界に入る。

「おや、君は植島さんの息子さんかな?」





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