ワケあり王子は社員食堂の女神に恋をする
「あ、そ、そうですよね。わからなくて当然です。……それで、あ、えっと…院瀬見、さんは、こんなに早くからご出勤ですか?」
自分が軽々しくその男性の名を口にして良いのか一瞬迷ってしまったが、今更だと思い直した。
「そうなんだ、大事な会議が朝早くに入っていてね──って、それより君は俺のこと知って…」
(そう、だ…会議っ!)
彼の “大事な会議” というワードに直ぐ様反応を示した桜葉は、最後まで彼の言葉を聞かずつい横やりを入れてしまう。
「大変っ!! そうだ、確か営業部の方達が今日大事な会議があるって話してたんだ!
院瀬見さん、早く会社に向かってください、遅刻してしまいます!」
この駅は会社の最寄り駅ではない。
ここよりまだ十分ほど電車で行ったところが会社の最寄り駅だ。
朝の時間帯は電車の本数も多い、そうこう話しているうちにちょうど次の電車が到着するアナウンスが流れてきた。
「あ、ああ……でも君も遅刻してしまうんじゃ」
「私はまだ少し時間があるので大丈夫です。もう少し彼女に付き添おうかと思いますので、院瀬見さんは気にせず電車に乗ってください」
「そう?…あーじゃあ、後のことは頼みます」
「はいっ、お任せ下さい」
丁度、電車が来たところで彼は桜葉達に背を向けその場を立ち去ろうとする──が、先程の桜葉の言葉がふと頭に浮かんでしまった彼は思わずプッと笑いを吹き出し桜葉にまた問い掛ける。
「ねぇ、君!
俺って裏では “院瀬見王子” って呼ばれてるの?」
「──え…あっ!! い、いや…あのー…す、すみません、本当すみません!」
どうやら、ついうっかり発してしまった言葉の代償はまだ続いてたみたいだ。
桜葉はその言葉で顔が真っ赤になり、彼の乗った電車が過ぎ去るまで何度も頭を下げ続けた。
その姿が何だか首振りの “赤べこ” 人形に似ていたものだから、彼はその光景を思い浮かべてはまたプッと静かに微笑み、そのまま会社へと向かって行ったのだった。