ワケあり王子は社員食堂の女神に恋をする


それからは岳少年と母の二人だけの生活が始まった。

何日経っても父が家に帰ってこない今の状況を、一度だけ母に尋ねたことがあった──が、母は悲しそうな顔で「大丈夫……お父さんはすぐに帰ってくるから」というだけ。

そして母と二人だけの生活にも慣れつつあったある日の夜のこと──
一本の電話が鳴り響いた。

しばらく電話口先の相手と話していた母は突然、その場に泣き崩れしゃがみ込んでしまう。
その様子を見て慌てて母の元へと駆け寄った岳少年に母はか細い声で何かを必死に伝えようとする。


「……お、お父、さん……し、死んじゃ…った」

その事実を伝えることがやっとだった母は「私のせい……私の……」と、次は自分を責める言葉をブツブツと念仏のように吐き捨てる。
そして次第に精神が追い詰められていき、自分の殻へと閉じこもるようになってしまったのだ。

子供を育てられなくなってしまった母は精神病院に入院し店は結局、蓮見不動産に買い取られてしまう。
一人残った岳少年は母の姉夫婦に引き取られることになり、苗字は “植島” から “院瀬見” へと変わった。

父が死んだことだけを伝えられ……なぜ死んでしまったのか一体何が起こったのか、岳少年がまだ小さかったこともありその理由を周りの大人達が教えることはなかった。

──が……岳少年は父親の憎しみを知っていた。

父の葬式のとき、あの蓮見京一郎の秘書である久藤が父親の手紙を密かに渡してくれたのだった。
父が収監中に書いたとされる手紙──そこには詳しい経緯は書かれていないものの、蓮見京一郎への恨み辛み事がビッシリと書かれてあったのだ。
そして最後の一文……

『── 岳。お前が大人になったら父さんの恨みを晴らしてくれ。あの蓮見京一郎に罰を与えるんだ』

この時はまだ、手紙の内容について理解できないところもあったが、葬式に来ていた久藤が岳少年にこう呟いていったのだ。

「植島さんには本当に申し訳ないことをしました。……お父さんに謝りに刑務所へ行った時、そのお手紙を預かりました。
── 私がこう言うのも何ですが、蓮見社長の薄汚い財産は全てこういうやり方で奪ってきたものなんです……せめてそのお金で、苦しめられた方々に少しでもお返し出来れば良いのですが、ね」

父の手紙とその久藤の言葉がずっと胸に刺さり続けたせいで、父が亡くなるまでに至った経緯を知りたいという欲求は岳少年の心から消えることなどなかった。

──そして思い掛けずと言うべきか、その理由を知ったのは何とも呆気ないきっかけであった。





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