ワケあり王子は社員食堂の女神に恋をする
10.想い想われ嫉妬する
ギシッギシッ──
桜葉の住む木造ボロアパートにも、何とか一組の布団が干せるほどの狭いベランダが存在する。
昨日のお酒がまだ抜け切っていないのと、仕事が休みなのもあっていつもより遅めの起床となった桜葉は自分の布団をベランダまで運んでいた。
木造の古いベランダは足を踏み入れる度にギシギシと嫌な音を鳴らし、落ちないかという恐怖心が沸き上がるほどのボロさが際立っている。
それでも快晴日和に駈られ布団を外へ出すと、そのままベランダで縮こまっていた体を伸ばし始めた。
「んっ〜〜、本当に良いお天気っ!」
一通り伸ばしきった体を元の位置に戻した桜葉はベランダの手摺へ寄りかかる。
そしてズボンのポケットからスマホを取り出すと、寝る前に考えておいた文章を打ち込み始めた……が、瞬間その手は止まり折角打った文章を全部削除……したが、また意を決したかのように同じ文章を打ち込んでいる。
桜葉はこのような意味不明な行動を先程から繰り返しているのだ。
「ハァ……昨日の今日にメッセージって…やっぱり早かったりする?」
自問自答をしながら文章を打ち込んではまた消す──そこへ少しずつ溜め息も混ざるようになっていった。
「なんじゃなんじゃ、若いもんが溜め息なんぞつきおって!」
「…え、あ、トメさんっ…おはようございます」
隣のベランダからひょっこり顔を出したのはいつもと違う装いを身に纏っているトメだった。
普段はトレーナーにジーパンという小綺麗ながらも若くてラフな格好をしているが、今日はスーツをビシッと決めていて何だかいつものトメじゃないようだ。
「トメさんどうしたのそのスーツ?!
……あ、それにもしかして、ここ二、三日家を留守にしてました?」
桜葉がそう尋ねるのには理由がある。
トメの朝の日課である、あの太極拳の奇声がここ最近聞こえてこなかったからだ。
奇声が聞こえてこないのはこのアパートに引っ越してきて以来初めてのこと──何かあったのではないかと、桜葉はトメを心配していたところだった。
「……あぁ。親戚内で少し揉め事があってな、それで家を空けていたんだよ。スーツも何年かぶりに野暮用で着てみたんだが……どうじゃ? 何気に男前じゃろ?」