白い菫が紫色に染まる時
お母さんいわく、蓮くんは突然訪ねてきて、まず謝ったらしい。
結婚のご挨拶が遅くなって申し訳ないと。
私が行かなくていいと言ったのだから、彼が謝る必要なんてないのに。

あの頑固な父親とも話したようだ。
父親は結婚の報告を受けて、何も反応せずすぐに自分の部屋に籠ってしまったらしい。
確かに、彼からしたら私のことなどさほど興味がないだろう。
母親には、私の大学時代の写真などを見せながら私がどのように生きてきたか話したようだ。
その時、蓮くんは私が一緒に帰ってこられない理由については何も言わなかったらしい。
だから、私の母親もそのことについては触れなかった。

「蓮くん。本当に良い人だったわね」
「うん。本当に残酷なくらい優しい人・・・・・」

蓮くんが実家に来ていたなんて全く知らなかった。
そんな素振りは全くなかった。
それに、なぜ私の実家の場所がわかったのだろう。
私はもちろん教えたことがない。

帰ったら詳しく聞かなければ。そして、謝らないといけない。
こんなに気を遣わせていたことを。

そして、私が帰ってきた二日後に葬式が家で開かれた。
私が想像していたより、多くの人が父親の死を悼みに来て、その人たちは口をそろえて、良いお父さんだったでしょう。お気の毒に。と私に声をかけてきた。
でも、そう声をかけられたことに私は特に驚かなかった。
身内に見せる顔と外面の顔が違うのは当たり前だ。
誰だって多少使い分けているだろう。
きっと、今日葬儀に来た人には私の父親が良い人に見えていたのだろう。
葬儀は数時間に渡った。私はその間ひたすら参列者に頭を下げ続けた。

葬式が終わり、父親が死んだのだという実感がやっと湧いてきたが、悲しいという感情は浮かばなかった。
終わったという安堵感だけが広がり、私はただ畳の上に寝転んでいた。
 
「ねえ、菫。今日は夕飯どうしようかしら」

そう言って、母親は料理を作ろうとしたが私はそれを止めた。

「お母さん、今日は疲れてるでしょ。私が作るよ」

せめてもの、親不孝者の親孝行だ。
私はキッチンに立ち、冷蔵庫を覗くが中にはたいした食材が入っていなかった。
ここ最近、忙しかったから買いに行く時間がなかったのだろう。

「何か、買って来る」
「菫の手料理なんて楽しみね。じゃあ、お言葉に甘えて、お母さんは部屋で寝てるわね。疲れちゃったから・・・」

私は上着を羽織って手袋もし、外に出た。
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