血を飲んだら、即花嫁だなんて聞いてませんが?
「あの、八雲くんだけじゃ心配なので、私も紙を貰いに行ってきますね」
完璧な八雲くんの心配など微塵もしていないけれど、口実に使わせてもらった。
気持ち、はやく足を動かして、教室後方の扉から出ようとした時。
右手の甲に、ピリッと鋭い痛みが走った。
「痛っ……」
古びた机の端に手が当たったようで、手の甲に走った線から血が滲んできた。
私は咄嗟に真白くんを見る。
真白くんは、目を大きく見開いていた。
「(逃げないと……!)」
走り出そうと一歩踏み出した。
が、低い声が鼓膜を揺らす。
「待て」
一言なのに、全身が固まったように動かない。ドッドッと鼓動が早鐘を打つ。
真白くんはゆったりとした歩調で、私に近づいてきた。
恭しく私の右手を取り、血が出ている部分を凝視する。
そういえば、八雲くんが言っていなかっただろうか。
──真白くんは、血の匂いが苦手だと。
なぜか真白くんは、私の手の甲に顔を寄せていく。血が出ている部分に……、唇が触れた。
「ま、しろくんっ!」
次いで、生暖かい何かが血を舐めとる。
執拗に、何度も、丁寧に。
「真白くん!」
今度こそ聞こえるように大きな声で呼べば、真白くんは我に返ったように舐めるのをやめた。
手の甲から唇を離しても、まだ手は取られたままだ。正面から藤色の瞳が私を射抜く。
その瞳は、正気を失っているようには見えない。
「きみは……、まさか純潔の稀血なのか」
見ていられなくて、顔を下げその瞳から逃げた。
なんでこうも、秘密にしていた事が昨日今日でバレてしまうのか。
全部、八雲くんに会ってからだ。
気を抜いたら、震えてカチカチと音がなりそうな歯をぐっと食いしばって、声を絞り出す。
「……そうです」
「なるほど……。なら、郁人の花嫁なのも納得がいく」
はぁ、とため息が頭上で聞こえた。
やっぱり、パートナーにはなってもらえないのだろうか。
私の血を舐めても、正気でいられたのは八雲くんと……真白くんだけだ。
できれば、パートナーになってもらいたい。
これがわがままなのは、わかっている。
「風花、と言ったな」
「……はい」
「きみの血を舐めてしまったが、俺はもう風花のパートナーにはなれないのだろうか」
驚いて顔を上げれば、やや戸惑っているような顔の真白くんと目が合った。