青春の坂道で
 空き缶くらい捨てておけよな。 ここのおばちゃん ただでさえうるさいんだから。
 部屋に戻ると秀才学生を気取って本を読み始める。 でもさ、あの子のことが不意に忘れられなくなったりして、、、。
(下村さんって言ってたよな。 明日もまたどっかで会うんだろうなあ。) 文学部の教室から手を振っていたあの子のことだ。
あの笑顔は忘れられないな。 嵌っちまったよ。

 夕方になるとなんとなく寂しそうな音楽が聞こえてくる。 『赤とんぼ』なんて抒情的だねえ。
 5時を過ぎたのだから冷蔵庫をチラッと覗いてみる。 あらら、食べ物が無い。
「しょうがねえなあ。」 ブツブツ言いながら財布を持ち出して近くのスーパーへ買い物に出掛けた。 すると、、、。
 「先輩じゃないですか。 買い物ですか?」って綾子が飛んできた。 「そうだよ。」
それだけ言って店の中へ入る。 綾子も肉とか玉葱とか買い物籠に入れて付いてくる。
「先輩はこの辺に住んでるんですか?」 「そうだよ。 青柳壮っていう下宿だ。」
「そうなんだ、、、。 私も古いアパートに住んでるんです。」 「そっか。 一人暮らしは大変だなあ。」
「親からは「「さっさと社会に慣れて大人になりなさい。」って言われちゃって、、、。」 「分かるような分からん話だなあ。」
「でしょう? でもなんとか自分で料理と掃除くらいはやれるようにならないとって思って。」 「大変だね。」
「先輩、名前を教えてください。」 「俺か? 俺は木下雄二。」
「雄二さんか。 かっこいい。」 「それほどでもないよ。」
 話しながら買い物を済ませると並んで店から出てきた。 「私はあっちなんで、、、。」
「おー。 また明日ね。」 ニコッと笑う綾子を見送ると俺も下宿へ帰ってきた。
 食堂も賑やからしい。 俺は挨拶もそこそこに二階へ上がった。
 夜飯の準備をしながらテレビを点けてみる。 音が無いのは寂しいからね。
でもさ、なんか最近のテレビって面白くないよなあ。 どうもつまらない。
 ワイドショーを見てたって喋るやつらのコメントはどれも同じ。 しかもみんなダメ出しばかり。
「じゃあ、あんたがやってみなよ。」って言いたくなるよね。 ほんとに左巻きは馬鹿ばかり。
 ろくすっぽ知りもしないのに偉そうに評論を噛ましてみたりしてさ、恥ずかしいと思わないのかね? まあ、テレビ局だって左巻きの馬鹿ばかりだから救いようが無いんだけどさ。
 日曜日のあの番組は特別天然記念物にでも指定してあげたいくらいに馬鹿ばかりだよねえ。 それでやってられるのかなあ?
 何かといえば「あれがこうだ。」「これだからこうなんだ。」って偉そうに言ってるけどさあ、その実態 何も分かってないじゃん。
それでも見てくれる人は居るんだろうねえ。 でもさ、電波オークションをやったら真っ先に無くなると思うよ。
 だってだって、今のテレビ局は何処も彼処も貧乏なんだもんねえ。 喘ぐくらいなら勇気を持って決断しましょう!
 「私たち ふつうの会社に戻りまーーーーーす。」ってな。 ふつうの会社って何だよ?
 あれこれ考えながら煮物を作ってます。 下宿の前を暴走バイクが通り過ぎて行きました。
暴走って言うけど、ただエンジンを吹かしてるだけじゃん。 うるさいだけなんだよなあ。
迷惑だからやめてくれないかなあ? でもあいつらはそれが楽しいんだろうなあ。
 よく街中でも見かけるじゃん。 一匹だけ馬鹿みたいにエンジンを吹かしてるやつ。
(何やってんだろう?)って見ていたら一周してきて、また信号の前でバリバリブーブー エンジンを吹かしてんの。 ガソリン代 無駄だよなあ。
 でも本人としては面白いんだよ。 初めてバイクを買ってもらってその試乗会をやってるわけね。
そこでブーブーバリバリ エンジンを空吹かしして「どや?」って言いたいわけね。 ご馳走様でした。
走るほどのことも無いじゃない。 庭でブーブーやってなよ。 母ちゃんに「うるさい!」って怒鳴られるだけだから。
でも今の親って子供を叱れないんだよねえ。 自分が子供だからさあ。
子供が子供を産んじゃったわけね。 どうしようもない。
 父ちゃんは本気だったぞ。 いたずらでもしようものなら、「誰がやったんだ? 顔を出せ! 出さなくても分かってるぞ。」ってすんげえ声で威嚇してくるんだよ。
体もでかかったからほんとに怖かった。 殴られて何回鼻血を出したか分かんない。
嘘を吐いた日は夜まで家に入れてはくれなかったなあ。 雨の日もそうだった。
 それくらいに厳しい親が何人居るかね? 居たらバスジャックなんてやらなかっただろうなあ。
ハイジャックなんてやらなかっただろうなあ。 『踊る大捜査線』 見過ぎだよ あいつは。
 夜になり、窓を開けてみる。 まだまだ肌寒い風が吹き込んでくる。 隣の男たちが何やら盛り上がっている。
管理人のおばちゃんを呼んできてしこたま有り難い説教をさせる。 30分ほどガミガミグチグチお説教は続く。
 その間、俺は知らん顔をして小説を読みふける。 (騒ぐお前らが悪いんだろうがよ。 悪く思うなよ。)
 ゼミの準備をしながらふと窓の外を見る。 見覚えの有る人影が電柱の陰に立っている。 (あれは、、、。)
 急いで玄関へ下りていく。 外へ出るとその影は立ち去ろうとしていた。
「綾子ちゃん?」 ドキッとしたのか影が立ち止まった。
 「こんな時間に来てくれたのか?」 「木下さん、、、。」
 「この辺はホームレスも多いんだ。 気を付けたほうがいいよ。」 「そうなんですか?」
「あそこに公園が在るだろう? あそこはね、ホームレスの溜まり場なんだよ。」 「知らなかった。」
「女一人じゃ危ないな。」 「ごめんなさい。 どうしても会いたくて。」
「分かった。 朝まで部屋に居ていいよ。 夜中は特に危ないから。」 「すいません。」
 俺は綾子を連れて下宿へ入った。 おばちゃんはもう寝てる時間だから怪しまれる心配は無さそうだ。
 二階へ上がると風呂へ行くらしい大学生が擦れ違いに下りて行った。
 部屋に入って蛍光灯を点ける。 そんなに広くない部屋にいろんな荷物が転がっている。 「木下さんってきれいにしてるんですねえ。」
「そうでもないよ。 荷物が少ないからきれいに見えてるだけ。」 「そうですか? 私なんて、、、。」
「引っ越したばかりなんだろう? じゃあしょうがないよ。」 綾子は窓を開けてみた。
 薄暗い通りを酔っ払いが歩いていく。 向こうから巡回中のお巡りさんが来た。
何か有るのかと見ていたが、特にこれといって何も無い。 酔っ払いはフラフラと歩いて行った。
 「あいつらは日雇いの仕事をしてるんだ。 日給で酒を買って公園で飲んでるんだよ。」 「そうなんだ。」
「事件を起こさないからまだいいけど、少し前に卒業生がこの辺りで刺されてる。 死ぬまではなかったそうだけど、、、。」 「怖い。」
 綾子はそっと窓から離れた。 「さてさて、寝るか。 明日もゼミなんだろう?」
「そうなんです。 それで小説を読んでたんですけど、飽きちゃって出てきたんですよ。」 「そうだろうなあ、、、でもこの辺りは暗くなると危ないからな。」
「すいません。」 「朝になったら帰ればいい。 5時くらいならバイトのやつらも動き出すから一緒に出ればいい。」
「ありがとうございます。」 綾子はペコリと頭を下げた。
 んでもって布団に綾子を寝かせ、俺は押し入れの中で毛布にくるまった。
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