じれ恋
「・・・え、お嬢?」
病室には、口から管を入れられた紺炉も、横たわった紺炉もいなかった。
そこにはベッドをギャッジアップさせ、オーバーテーブルに手をついた紺炉がいる。
片腕はギプスがはめられているけれど、見た感じそれ以外は首も手足もついているし、大丈夫そうだ。
「もうバカ!心配したんだから!!」
私は紺炉のそばまで行って、抱きしめながら叱るように言った。
それに対して紺炉は苦笑いしながらことの経緯を話してくれた。
どうやら青信号で子供が横断歩道を渡っているところに大きなトラックがスピードを落とさず突っ込んで来たらしい。
紺炉はその子供を助けに飛び込んだそうだ。
トラックに轢かれたりはしなかったものの、子供を庇う形で地面に飛び込んだ時に、腕の骨がポッキリ折れてしまったらしい。
子供はかすり傷程度だったようだから、まさに不幸中の幸いだ。
「今回は無事だったから良かったけど....こんなのたまたまだから!無茶しないで……!」
「もう若くないんだから」と付け足すと、「聞き捨てならねぇな」と紺炉が唸った。
「ところでなんですけど……今なら話、聞いてくれますか?」
紺炉は私が離れないように手を握ったまま、おそらく相模が持ってきたであろう1泊分の入院の荷物をガサゴソし出した。
そういえば私は紺炉を避けていたんだった。
紺炉が荷物から取り出したのは、手のひらに収まるくらいのエメラルドグリーンの箱だ。
「これ、開けてください」
手渡された箱をよく見ると、前に私が紺炉にあげたピアスを買ったお店でもあり、紺炉からも卒業した時にこのお店のピアスとペンダントを貰った。
これが私へのプレゼントなのかもしれないことは分かったけれど、誕生日でもないし、クリスマスはもう終わったし、何かを貰う心当たりがない。
小さな箱の蓋を開けると、ダイヤが付いた指輪が入っていた。
「これ……」
「すいません、絶対タイミング今じゃないのは分かってるんです。雰囲気とか大事だってことも。でも今回、もしかしたら死んでたかもしれないって思ったら、もう1秒も待てない。もしあれだったらやり直しはするので。だから……」
紺炉はギプス固定されていない方の手で私の手を握った。
「俺と結婚してください」
どう考えても今ではない。
みんなは骨折で済んで良かったと思っているかもしれないけど、骨折はしたのだ。
それに頭も打ったから1日検査入院をするわけだし、私からしたら一大事だ。
でも私も今回のことで、当たり前の未来なんてないということを痛感した。
だって、紺炉が帰らぬ人になっていた可能性も十分にあったから。
もしそうなっていたら、最後の会話は、『話がしたい』と『何も聞きたくない』になっていた。
いずれにせよ、答えなんてもうずっと前から決まっている。
「私もっ!紺炉と結婚したい!」
私が返事をすると、紺炉は指輪を取り出して私の右手の薬指にはめてくれた。
いつの間に測ったのだろうか、サイズもピッタリだ。
私は手をグーパーしてみたり、天井にかざしたりして、しばらく自分の手を眺めた。
紺炉はそんな私を優しく見ていた——。