じれ恋
自分でも驚くくらいとめどなく涙が顔を伝っていき、拭っても拭っても溢れてくる。


そこからの記憶はあまりなくて、気づいたら以前犬飼と来たことのある海にいた。


もちろん隣には犬飼もいる。


「お嬢、泣かないでくださいよ」


彼はさっきからずーっと私の頭を撫でてくれていた。


「お嬢が泣いてると、俺まで悲しくなってくるんすよ」


そう言って隣から鼻を啜る音が聞こえたので驚いて顔を向けると、何故か犬飼は目に涙を溜めていた。


「ちょっと、なんでアンタが泣くのよー!」 


「なんででしょうね。お嬢のこと、好きだからかな」


私の脳はその日2回目のフリーズをした。


犬飼が私を好き?それは家族として?歳が近い者として?それとも・・・・。


もしも、彼の好きがそういうものであるならば、私はその気持ちに応えることはできない。


ごめんと伝えようとすると、犬飼はそれ以上何も言わせないように私の唇に指を当てた。


「分かってます。あなたを困らせるようなことはしないんで。ただ、組の人たちはみんなお嬢のことを大切に思ってます。要さんだけじゃないですからね。それだけはわかってて」


そうだ。


今私がこうやって生きているのは、みんなのおかげなんだ。


例え紺炉が私じゃない人を選んでも、私にはこうやって一緒に泣いてくれる人がいる。


「……うん、分かった」


頬を濡らしていた涙は、もうすっかり乾いていた。


私はあの日、自分の初恋に別れを告げた———。
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