じれ恋
「紺炉、入っていい?」
「どうぞ」
お風呂上がり、私は紺炉の部屋の扉をノックした。
紺炉の部屋に入るのは久しぶりだけれど、余計な物が一つもない、至ってシンプルな部屋は昔と変わりはなかった。
エロ本とかHなDVDとかあったりするのかと興味本位で部屋の中をキョロキョロ見回していると、紺炉がそれに気づく。
「お嬢が探してるようなものは何もないですよ」
「さっ、探してるって何を?私は別に……」
しらばっくれてみたものの、紺炉からの見透かされた視線に耐えきれず私は目を逸らした。
「で、急にどうしたんですか?早く寝ないと明日起きれませんよ。お嬢起こすの俺なんですから」
昔だったら『何考えてたんですかお嬢』って言ってくすぐり攻撃をされたり、走って逃げる私を『つかまえたー!言うまで離しませんよ』って抱き上げてくれたりしたんだけれど。
あんな何気ない日常が、こんなにもかけがえのない思い出になるとは夢にも思わなかった。
どうしたって懐古主義になってしまう。
私はそんな紺炉を無視して、着ていたワンピースのファスナーをおろす。
ワンピースはストンと音を立て床に落ちた。
私はいま、ベビードール1枚で紺炉の前に立っている。
胸元がガッツリと開いた透け透けのレーススカートだ。
さすがに黒は勇気が出なくて、ピンク色を選んだ。ギリギリショーツが隠れるか隠れないかくらいの丈で、穿いているのはいわゆるTバックだ。
こういうのをセクシーランジェリーというらしい。
オンラインショップで見たモデルのお姉さんには主に胸が劣るけれど、我ながらなかなかセクシーなんじゃないかと少し自信があった。
「風邪ひきますよ」
しかし紺炉は私の姿を見ても目の色ひとつ変えずいつも通りの〝大人ぶった〟態度だった。
「興奮しない?何とも思わない?」
さすがの私も頭にきて、紺炉に詰め寄った。
「こんなエロい下着着けて、1人で部屋入ってきて、一体俺をどうしたいんですか?」
谷間なんてあってないようなものだけど、紺炉は布の上から私の胸の真ん中を指でトントンとする。
「だって、私のこと見てほしいんだもん。可愛いなって思ってほしいし、家族じゃなくて、ひとりの女として好きになってほしいんだもん……」
別に悲しいわけじゃないのに、自分で言いながら涙が溢れてくる。
泣くまいと我慢するほど、涙は止まらなくなるものだ。
「それは無理ですよ」
紺炉が私の頬を伝う涙をゴツゴツした指で拭ってくれる。
「・・・でも紺炉あのホテルの時、ワタシニ キス、シテキタ」
鼻水をすすりながら、ジト目を向けた。
「……あれは、不可抗力です」
「じゃあもう私に優しくしないで!思わせぶりな態度取んないでよ!」
「それも無理ですよ。あなたは俺の大事なお嬢なんですから」
「そういうのほんとにズルい!ほんと紺炉は最低男だ!」
「そうです、俺は最低な男なんです。だから好きになんてならないでください」
そう言いながら、紺炉は今も私を片手で抱きしめながら、頭を撫でてくれる。
こういうのをやめてって言ってるのに。
でも久しぶりの紺炉の匂いはすごく安心する。
結局、なんやかんや紺炉のペースになってしまうのだ。
これが惚れた弱みってやつなのかな?
私は腹いせに、涙と鼻水を子供みたいに紺炉の服に擦り付けてやったのだった———。