じれ恋
Side 紺炉


鈍器で頭を殴られたような頭痛と、寝違えたような首の痛みで目を覚ます。


昨日家に着いてからこうして目覚めるまでの記憶は曖昧だが、自分が何やらぶつぶつ喋っていたことや、唇に残るあの柔らかい感触にはうっすら覚えがあり嫌な予感がする。


毛布がかけられていたことを考えると、ほぼ、概ね、絶対、間違いなく。


昨日俺の隣にいたのはお嬢だ。


さすがの俺も、自分を軽蔑した。


想いを伝えるつもりはないと心に決めながら、行動が伴っていない。


こんなんではお嬢を混乱させるし、『最低男』と言われても仕方がなかった。


自己嫌悪に苛まれながら部屋を出ると、朝の支度を済ませたお嬢と鉢合わせる。


「あ、紺炉おはよ!」


「おっ、はようございます……」


まずは昨晩のことを謝るべきなんだろうが、かえって蒸し返してしまうと、俺が意識していることが伝わってしまい良くない気もする。


そもそも、普通にお嬢からこうして挨拶してくれたことも予想外で。


怒っているどころか、どちらかというと機嫌は良さそうだからますますわからなくなる。


「あの、お嬢。昨日のことなんですけど、あれは……」


「海外ではさ、挨拶でキスとかハグするんだよ!紺炉知ってた?」


俺の言葉にかぶせるようにそう言って、スリッパの音を立てながら駆け寄ってくる。


精一杯背伸びをしたお嬢は、俺の頬にチュッと口付けた。


唇が離れると俺の耳元で「ていうか紺炉、禁煙してよ!苦いからッ(笑)」と囁いたあと、「先に行ってるからね!」と子供のように階段を駆け降りて行った。


通り雨のような突然の出来事に呆気にとられた俺は、お嬢の吐息のくすぐったさに耳元を押さえながらおそらく相当な間抜けヅラを晒してしばらく廊下に突っ立っていたと思う。


どうやら昨日の出来事は、お嬢に変なスイッチを入れてしまったかもしれない。


「禁煙……してみるか」


俺はポケットから取り出したタバコの箱を自室のゴミ箱に放り投げた。
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