じれ恋
Side 紺炉


朝起きると外には澄み切った青空が広がっていた。


まさに絶好のプール日和というやつだ。


分かってはいたことだったが、プールは信じられないほどたくさんの人でごった返していた。


お嬢とは更衣室を出た所で待ち合わせをしたが、これじゃあ人が多すぎて見つけるのが大変そう。


空いてるロッカーを探すのに手間取ったらしく、かなり遅れて更衣室から出てきた。


「紺炉〜〜!」


とりあえず出てきたら速攻で上着を着させようと思っていたのだが、お嬢の水着は思ったより露出の少ないものだった。


亜希ちゃんと買いに行ったと言っていたから警戒していたがどうやら心配はいらなかったらしい。


「水着・・・どうかな?」


「似合ってますよ。露出も少なくていいですね」


「何それ〜〜紺炉はたくさん見えてるのが好きなくせにぃ」


せっかく褒めたのにお嬢はご不満そうだった。


そりゃあ、布面積が少ない方が好きですけども。


俺は本当に好きなものは自分一人で楽しみたい主義なのだ。


他の奴に見せてやる義理はない。


俺たちはなんとかプールサイドのビーチベッドを2つ確保して、泳ぎにいく準備をしていた。


「あれって彼女かな?」
「いや違うでしょ。親子じゃない?」
「さすがにそれはないよ。妹に1票」
「じゃあ声かけていいよね」


こちらを見ながらヒソヒソと話す女の声が聞こえてくる。


年齢は20代後半といったところか。


あぁ、面倒なことになりそうだ。


「あのぉ、良かったら私たちの方に来ませんか?」


ほらきた、思った通りだ。


こんな所で逆ナンされるなんて、俺もまだまだイケるんだなと気分が良くなる。


「どうすっかな〜。俺、行ってもいいですか?」


立ち上がった俺は一応、隣で心配そうな顔を浮かべるお嬢に声をかけた。


拗ねて「いいよ」と言ってくる可能性もゼロではないが、まぁ答えなんて分かりきっている。


俺はその答えをお嬢の口から聞きたいだけだった。


多分お嬢は俺の思惑に気づいている。


それに乗せられるのが嫌だという気持ちと、でも行っていいとは言いたくないという思いがせめぎ合っているのだろう。


この間お嬢と犬飼が泊まって帰って来なかった日、俺はひと晩中ヤキモキさせられたんだ。


これくらいさせてもらいたい。


「・・・ヤダ。行っちゃダメ」


お嬢はしばらく葛藤した後、俺の海パンの裾を掴んで引き留めるようにちゃんと訴えてきた。


上出来。


俺はにやけそうになるのを堪えた。


これで俺も満足だ。


「ということで、すいません。他当たってください」


俺の態度に若干ムッとしながら彼女たちは去って行った。


お嬢はお嬢で何か言いたげな顔をしていたので、問答無用でプールに引っ張っていった。


「やだここ深いとこじゃん!足つかない!!」


「ちょっ、暴れないでくださいよ。俺だって足つかないですもん。ほら」


せっかく俺が浮かんで見せているのにお嬢はそれどころじゃないようだ。


手足をバタバタさせ、その度に水飛沫が立つ。


プールに行きたいと言っていたわりに、泳ぎは得意じゃないらしい。


このままでは周りの迷惑になりそうだ。


「ほら、おんぶしますから手回してください」


お嬢は俺に腕と脚を絡めてコアラのように背中にしがみついた。


しばらくプカプカ浮いていると、お嬢は急に線をなぞるように俺の背中に指を滑らせた。


「どうしたんですか?」


「紺炉って刺青とか入れてないんだなぁと思って」


「あ〜親父がそんなの入れなくていいって(笑)多分うちのメンバーは元々入ってたやつ除いて誰も入れてないと思いますよ」


世間一般のイメージだと、俺らの背中には大きな龍とかがいるもんなんだろう。


親父はなぜ墨を入れさせなかったのか。


でももし入れていたら、こうやって気軽にお嬢とプールに来れなかったかもしれない。


そういえば今頃思い出したが、まだお嬢が小さかった頃にもこうしてプールに連れてきたことがあった。


その時も確かこんな風にしがみつくお嬢を抱っこしたりおんぶしたりした気がする。
 

急に懐かしくなった俺は、巻きついたお嬢の腕を解き向き合うような体勢に変えた。


「ちょっと!絶対離さないでよ!?」


「大丈夫俺が支えてますから。さっきみたいに腕と脚巻き付けていいですよ」


お嬢は俺の肩をガッチリ掴み再び脚をクロスさせて俺にしがみついた。


さすがにさっきまでの背中越しとはワケが違う。


「ちょっ、紺炉近いッ!」


俺がお嬢の腰をホールドして支えているから、鼻と鼻が触れそうなくらい顔が近くなっている。


「え〜?ほら周り見てくださいよ。みんなイチャイチャしてます」


そう、周りにいるカップルたちはそれぞれ2人の世界に入っている。


その雰囲気に飲み込まれてか、あるいは水中にいるせいか、俺も気持ちがかなり浮かれていた。


「俺たちもイチャイチャします?」


「え・・・?イチャイチャって、何を?」


「例えばこんな……」


俺は首を伸ばしてお嬢の方へ顔を近づけていった。


あと10センチ……


5センチ……


3センチ……!
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