じれ恋
『お客さまへお知らせいたします。当プールはまもなく10分間の定期点検に入ります』

 
アナウンスと共に俺はまるで魔法がとけたかのように我に返る。


どうやら一度プールから出ないといけないらしい。


本当にあと僅かだった。もしアナウンスが流れていなければ今頃……。


急いでお嬢をプールサイドに座らせ、自分も手をついて腕立ての要領で水から体を引き上げる。


プールサイドに片脚をかける時再び俺の顔がお嬢の顔にぐっと近づき、互いの鼻が重なった。


こういうのをエスキモーキスって言うんだっけか。


垂れ下がった俺の前髪から零れ落ちた水滴がお嬢の顔を伝う。


先ほどまで聞こえていた周りの音がどんどん遠くなっていく。


俺の五感は、もはやお嬢のことしか認識していないようだ。


多分鼻が触れ合っていたのは数秒足らずなのに、時が止まったかのように瞬きもせず見つめ合っていた。


『お客さまへお知らせいたします。当プールはまもなく10分間の定期点検に入ります』


再び流れたアナウンスで現実に引き戻される。


「すいません、水、垂れちゃいましたね」


俺は陸に上がり、お嬢の顔の水滴を指で掬い上げた。


「い、いいいい今ぜったいキスしようとしたでしょ!?」


しばらくフリーズしたあと、お嬢は茹で蛸のように真っ赤になりながら俺に抗議してきた。


「え〜違いますよ。プールから出ようとしてただけですって」


あくまでシラをきる俺に始めこそお嬢はわなわなしていたが、途中からそれも諦めていた。


その後も流れるプールやウォータースライダーなどひと通り満喫し、いつの間にか水面はオレンジ色に染まっている。


元々乗り気ではなかったはずが、来てみると意外に楽しめてしまった。


「そろそろ帰りますか」


「そうだね!」
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