じれ恋
Side 紺炉


地元住民との関係性を大事にしている五十嵐組は、自治会の集まりやイベントがあれば参加しているし、休日はわりと忙しい。


だから、本屋に着いたという連絡を最後にお嬢から何もメッセージがきていないことに気づいたのが遅かった。


昼は食べてくると言われていたし、まだ時間も夕方だ。


過保護だと言われればそれまでなのだが、全く連絡が来ていないことが少し引っかかる。


何より俺が不安なのが、電話をかけると〝電源が入っていない〟というアナウンスが流れるのだ。


とにかく胸騒ぎがする。


俺は前にお嬢が攫われた時のことがフラッシュバックしていた。


いくら吸っても苦しいままの呼吸に、冷や汗を流しながら肩で息を続けた。


そんな俺の心の中を表すように、外は雨が降り出す。


冷静さを欠いていた俺は玄関の車のキーを掴んで家を飛び出した。
 

駅に到着して車を停めた後、とりあえずお嬢が行ったはずの本屋に駆け込んだ。


すれ違う店員全員にお嬢の写真を見せながら聞いて回ったが、誰一人として有用な情報を持っている人はいなかった。


これだけ大きい本屋なんだから仕方ない。


こんな時のために、お嬢には緊急時用のGPSアプリをインストールさせていたが、スマホの電源が入っていないとなると全く意味をなさない。


本屋を出た後の足取りなんて追跡しようがない。


もう警察に失踪届を出す以外に方法が思い浮かばなかった。


誰かに話しかけられていたとか何か手がかりになることがあれば……。


たくさんの人が行き交う中、傘もささずに突っ立って途方に暮れていた時だった。


「あの、もしかして紺炉さん?」


聞いたことがあるような、ないような。


声の方向に視線を移すと、そこにはあのイトウくんが傘をさして俺のことを心配そうに見つめて立っていた。


「君はおじょ、愛華の……!」


「伊藤です。こんなところで傘もささずにどうしたんですか?」


「ちょっと愛華を探してて……」


高校生になってもこうして家の人間が探し回ってるなんてヤバい家だと思われただろうか。


イトウくんの反応を伺っていると次の瞬間、彼は驚きの事実を口にする。


「じゃああれはやっぱり五十嵐さんだったのか……」


「愛華を見たのか!?いつ?どこで?」
 

彼は別に何も悪いことはしていないのに、余裕のなかった俺は問いただすように詰め寄った。


「昼過ぎに五十嵐さんを見かけたんですけど、なんか芸能人みたいにオーラある男の人と歩いてて見間違いだったかなって思ったんですけどもしかしたら……」


「その男ってどんなヤツ?服とか背格好とか!」


「背は紺炉さんくらい高くて、服はなんかお洒落な感じ。本当にモデルみたいな人でした!」


イトウくんは一生懸命思い出してくれたが、大した手がかりにはならなさそうだ。


それでも、お嬢はその男と一緒にいる可能性が高いことが分かった。


あとはもうしらみ潰しに可能性のある男を当たっていくしかない。


お礼を言おうとすると、イトウくんが再び口を開いた。
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