じれ恋
「紺炉?ご飯持ってきたよ。入るね?」


部屋の明かりは常夜灯になっていたので、ご飯を食べるのに不便しない明るさにしてベッドサイドに近づいた。


私の気配に気づいて紺炉はゆっくり目を開けた。


私の顔を見るや否やベッド脇に置いてあった箱に手を伸ばす。


中からマスクを取り出して一つは自分用に、もう一つを私に渡して来た。


「……コレしてください」


風邪が移らないように付けろということらしい。


少し枯れた弱々しい声だった。


全く、病人の時くらい自分のことだけを考えてほしい。


私は不謹慎ながら、弱っている紺炉が〝可愛い〟と思ってしまった。


「うどん、食べられそう?」


お盆を差し出すと紺炉はコクリと頷いた。


自分で箸を取り、1本ずつ麺を吸い始めた。


本当は「あーん」としてみたかったから少し残念。


紺炉が食べ終わって薬を飲むまで私はずっとそばで見守った。


時折紺炉は居心地悪そうに私の方を見てきた。


私があまりにもガン見しているのが気になったのかもしれない。

 
最後まで見届けたことだし、ゆっくり休んでもらうためにも私は立ち去ろうとするとやんわり引き止められる。


掴まれた手首は、思わず振り払いそうになるほど熱かった。


「もう少しだけ、いてくれ……」


こんな紺炉は初めてだ。


いつもは絶対に見せないちょっと弱った姿に、私はどうしようもなく母性本能をくすぐられていた。


——こんなの反則じゃん!


そんな可愛いことを言われたらいつまででもいるし、なんだってしてあげたくなる。


「・・・(アイツ)と、何してたんですか?」


「え?あっ、あー東雲さん?ばったり会って、お昼ご馳走になっただけだよ!」


東雲さんが紺炉と同い年で、同業者だからだろうか。


この間から彼を意識して何かと張り合おうとする紺炉が子供っぽくて、これまた可愛くて仕方がない。


確かに東雲さんは穏やかで紳士な素敵な人で、紺炉とは違った魅力があるとは思う。


でも私は、完璧に見えるけどどこか抜けていて、器用なのに不器用で、大人なのに子供で、最低だけど最高な紺炉が好きなのだ。


だから安心して、という意味を込めてマスクをしたまま軽く紺炉のほっぺにキスをした。


やってみると思いの外恥ずかしくて、照れ隠しで「えへへキスしちゃった」と誤魔化してみる。


「・・・口じゃないんですか?」


「……だって口だと風邪移っちゃうかもじゃん!」


私の気持ちに気付いてるくせに平気でこんなことを言ってくる紺炉に言い返してやった。


「そこは、移していいよって言うとこだろ……」


たまに出る敬語じゃない紺炉の喋り方にドキッとしてる間に、私は後頭部を押さえられ近づいてきた紺炉の口が私の口に重ねられた。


薄い布越しに唇の熱さが伝わってくる。


私の心臓は壊れそうなほどドキドキしていた。


それなのに、紺炉はやるだけやった後そのままベッドに倒れ込んだ。


また熱が上がったのかもしれない。


私は昔紺炉がやってくれたようにお腹のあたりでトントンと優しくリズムを刻んであげながら、反対の手で紺炉の手を握った。


湯たんぽのようにあったかい紺炉に触れていたらこっちまで眠くなってきて、私はいつの間にか意識を手放していた。
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