じれ恋
Side 紺炉


部屋に次々と運ばれてくる豪華な夕食をたらふく食べ、せっかくだから寝る前にまた入ろうかと庭の檜風呂に向かった。


廊下を歩いていると、居間の灯りがまだついているのが見える。


誰か消し忘れたのかと部屋を覗くと、中央にお嬢が一人ポツンと座りテレビを観ていた。


「せっかくの旅行なのにテレビですか?」


そう声をかけながら俺も座布団を持ってきてお嬢の隣に腰掛けた。


「……だって、このドラマ好きなんだもん」


お嬢が観ているこのドラマは、あまりテレビを観ない俺でもタイトルくらいは聞いたことがある。


今放送中で、確か教師と生徒の禁断の恋を描いている話題のやつだ。


生徒からの真っ直ぐな想いを受けて、抑えきれなくなった教師の気持ちが溢れ出るという盛り上がりのシーンだった。


しかし、さすがに盛り上がりすぎじゃないか?雨の中傘もささずびしょ濡れになりながら体をくっつけ舌を絡め合っている。


俺はあまり付いていけてないが、お嬢は真剣に見入っていた。


そして俺をチラチラ見ながら、どこか落ち着かない様子だ。


親とテレビを見ていて急にラブシーンになった時の反応。


まさにそんな感じだ。


「濃厚ですね」


「そ、そうだねっ……!」


相変わらず分かりやすいお嬢は、声をうわずらせている。


目があったら最後、俺は引き寄せられる磁石のようにお嬢の方へ顔を近づけた。


反発することはなく、お嬢も顔を寄せてくる。


少しずつしか縮まらない距離がじれったくて、お嬢を引き寄せようと手を伸ばしかけた時だった。


「まだ起きてたのか?」


ふいに聞こえた親父の声にさすがの俺も驚いてビクッと肩が震えた。


俺の方へ体を寄せていたお嬢は驚きのあまりバランスを崩し倒れ込んでくる。


「おわっ!」


お嬢を受け止めて倒れたこの体勢はなかなかまずい。


不可抗力とはいえ、祖父の前で大事な孫娘を抱きしめるように体を密着させているのだ。


しかもその祖父はただの祖父ではない。


日本で有数の組を仕切る男なのだ。


「はっはっはっ。ほんとに二人は仲がいいなぁ」


親父は呑気に笑いながら部屋の前を通り過ぎて行った。


この状況を〝仲がいい〟で片付ける親父のマイペースが逆に怖い。


そして親父の後ろに付いていた相模さんからの視線が痛かった。
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