じれ恋



夕飯の後、なんだか落ち着かない自分の気持ちを抑えるため、俺は母家の裏戸で久しぶりのタバコを吸っていた。


「タバコ、やめたんじゃなかったか?」


足音で誰かが近づいてくるのは分かっていたが、まさか今日最後に話すのが相模さんだとは思わなかった。


「あ〜いや……別にもう良くなったっつー感じです」


元々はお嬢に「苦い」と言われたのがきっかけでやめていただけ。


しかしそのお嬢はもう俺から離れていく。


そう思った途端、禁煙するのがバカらしくなってきてこの有様だ。


「相模さんこそ珍しいっすね。ストレス溜まってるんですか?」


「あぁ。お前のことで頭悩ませてたんだよ」


「へぇーーー……。って、えッ俺ですか?」


全く予想していなかった答えに俺は戸惑いを隠せなかった。


どういうことなのか説明を求めたのに、相模さんは何も言わず煙を吸い続けている。


絶対答える気ないなこれは。


まぁでも十中八九、相模さんを悩ませていたのは俺とお嬢のことだろう。


だがそれも、先日全て解決した。


お嬢は縁談をする。


俺がそう勧めたから。


だからもう俺は世話係以上のやりとりはしていないし、それはお嬢も同じだ。


「……なんか色々すいませんでした。でももう大丈夫なんで!」


相模さんは今度こそ俺の方を見たのに、何も言わずに再びタバコを咥えた。


それからしばらくは互いに無言でタバコを吸い続けた。


煙を吐き出す音が交互に聞こえるだけの静かな夜だった。


「・・・今週の土曜13:00に相手方が家に来るらしい。組長からの伝言だ。じゃあお先に」


後から来たくせに、俺より早く切り上げて相模さんは行ってしまった。


俺にそんなこと伝えて、親父も一体何考えてんだか。


そもそも相手はどこの組なんだろう。


まあ親父がOK出したってことはそれなりの所か。


年齢は?身長は?性格は?


土曜に来るんだったら嫌でも顔は合わせることになるか。


それにしても、お嬢が結婚?いやまだ婚約か。


自分で勧めておきながら全く実感がわかない。


さすがに結婚は大学卒業してからだろうけど、もう同棲とか始めてほぼ新婚生活みたいになるのか?


そうなると、この家にいるのも高校卒業までか……


せっかく久々のタバコで頭を真っ白にしようとしたのに、考えるのはお嬢のことばかり。


相模さんのせいでこんな未練たらしい自分と向き合わされるハメになった。


縁談なんてやめろと言ったらお嬢はどんな反応するんだろうな。


その時突然、俺の中に眠っていた記憶が目を覚ました。


『ねぇ、こんろぉ。ちょっとしゃがんで!』


『ん?どうしたんですか?』


『あいかがおとなになったら、こんろのおよめさんになっていい?』


10年以上前、俺はお嬢からプロポーズをされていた。


あの頃お嬢はこしょこしょ話にハマっていて、何でもかんでも耳元で話すのが好きだった。


だから、確か俺も誰にも聞こえないようにお嬢の耳元でこう答えたんだった。



『じゃあその時がきたら、俺から言いますね——』と。
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