飛んでる聖女はキスの味
クリスティーはと申しますと、小船に揺られて川を進んでおります。 橋を潜り、町を抜け、草原を進んでおります。
遠くに馬小屋から覗いていた山が見えてまいりました。 「おー、あの山はいつ見ても堂々としておるなあ。」
その頂にはこの冬に降り積もったであろう銀雪が帽子のように覗いております。 「さぞや、寒いのであろう。 雪が未だに残っておるとは、、、。」
季節は5月。 燕が巣作りを終えて子育てをしております。 と思えばカッコウが優雅に囀っております。
「この辺りは何という国なのだろう?」 彼は不思議に思いましたが、まだまだ大丈夫。
ザイミールの国は出ておりません。 何せ、彼は王亭の周囲しか歩いたことが無いのです。
下っ端の馬小屋役ですから遠出することも有りませんし、他国の要人が来られても挨拶すらしないのです。
毎朝、毎晩、馬の世話をしながら馬と共に過ごしていますから、王亭の人たちでさえ彼を馬男と呼んでおるのです。
そんなクリスティーでしたから彼が居なくなっても心配する者は居りません。 そういう意味では気軽な身分なのですね。
しばらく行くと川岸に民家が見えてきました。 彼は船を止めまして、岸に上がりました。
その姿を見付けたのか、家人らしい女性が近付いてまいりました。 「其方はどちらからお出でになりまして?」
「いや、私は船が好きで川を渡っていたのです。」 「そうですか。 ならば私どもの家で一休みされるとよい。」
女はどこかに気品を感じさせる風体でクリスティーを案内いたします。 「さあどうぞ。 こちらへ。」
荒れ野のあばら家とは違い、粗末ではありますが、石造りの家です。 中へ入りますとクリスティーは居間へ通されました。
「旅のお方がお見えになっております。 少しばかり食事の用意を、、、。」 女が命じますと下女らしき女が食事の支度を始めました。
「其方は名を何と申すのですか?」 「はい。 私目はクリスティーと申す者です。」
「そうでありますか。 ではクリスティー殿、食事が済まれたら一時でもお休みになられては?」 「有り難くお受けしましょう。」
女は用が有るとかで外へ出て行かれました。 クリスティーは食事をしながら旅の計画を練っております。
何しろ、あの山まではまだまだ遥かに遠くございますからね。
やがて下女が寝床を拵えたと言ってまいりました。 「ありがとう。」
彼はそれだけ言うとさっさと寝床に入って寝入ってしまったのですが、、、。
ガサガサという音がして目を覚ましますと、家は影も形も無く消え失せております。 「これはいったいどうしたんだ?」
寝床を見てみますとちょうど人が乗るほどの岩の上であります。 彼はそこで枯草に巻かれるようにして寝ておりました。
「これは勿怪の家ではないかいな。 さすれば俺は勿怪にまんまと騙されていたことになる。 愚かなことをした。」
悔みながら夜更けの道を川岸へ向かいます。 すると女性が立っておりました。
「おい、お前の家は勿怪の家か?」 女性はニヤリと笑ってクリスティーを見るだけです。
「何とか申さぬか? 聞いておるのだぞ。」 普段は滅多と怒らない彼も少しずつ苛立ってきております。
「まあまあ、旅のお方よ。 そんなに怒ることは無い。 十分に休まれたであろう?」 「それはそうだが、、、。」
「ならば怒ることも有るまいに。 其方はあの山のほうへ行こうとされておりますな?」 「なぜ分かるのだ?」
「この川はあの山へ通じておるのです。 だが今は寒さ険しく行く者は居りませぬ。 どうしても行かれるのか?」 「そうだ。」
「何か急ぎの用でもお有なのか?」 「カサブラーナと申す国を探しておるのですよ。」
「そうですか。 ならば、お気を付けてと申すしかございませぬ。 道中にはまだまだ見ぬ者が居ることでしょうから。」 「まだ見ぬ者?」
「私も詳しくは存知あげませぬ。 おやめになったほうがよろしいのでは?」 「いや、行く。 決めたことを曲げられぬからな。」
「では、、、。」 女性は悲しそうな目でクリスティーを見送られたのです。
クリスティーは何だか気にはなりましたが、兎にも角にも船を漕ぎ出だして川を進み始めました。 気持ちの良い風が吹いております。
(この辺りに勿怪などという者が住んでおったのか。 知らなかったな。) 岩の布団で一夜を明かしたのですから何ともいい気はしません。
小鳥が囀りながら横切っていきます。 遠くでは畑を耕している農夫の姿が見えます。
王亭の中で決まりきった一日を過ごしていた彼にとっては見る物全てが目新しいのです。 キョロキョロと辺りを見回しております。
「馬の世話よりはずっといいわ。 このままで旅を続けたいもんだな。」 口髭を撫でながら船の真ん中にどっかと腰を下りして空を仰いだ時です。
「何だ あれは?」 大きな大きな花びらのような物がゆっくりと舞い降りてくるのが見えました。
そしてアンカスの山を指さすように消えてしまいました。 「何だろう? 不思議なことも有るもんだな。」
彼は今見た風景を何度も思い出してみました。 白くて荘厳で艶やかな、、、まるでカサブランカのような花弁、、、。
それがなぜ天上から降ってきたのか? そしてまたそれがなぜ不意に消えてしまったのか?
何度思い返しても不思議なのです。 彼は髭を撫でながら考え込んでしまいました。
船は相変わらずゆったりと流されていきます。 白い雲がポカポカと浮かんでいて気持ち良さそう。
不意に腹が減ったことを感じたクリスティーは女がくれた食べ物の包みを開けました。 中には粟のおにぎりが三つ。
それに肉を炙った物が数切れ。 (これでも飯には違いない。 食べるとするか。」
それぞれがけっこうな大きさです。 おにぎり一つで腹を満たしてしまいました。
「今夜は船の上で寝るとするか。 勿怪に揶揄われては適わんからな。」
適当な岸辺を見付けて小舟を横付けしますと、、、。 「あらあら、旅のお方ではあるまいか? お宿は用意してありますぞ。」
という男の声が聞こえます。 クリスティーは首を横に振って船の床にゴロリと横になりました。
それから何時間が過ぎたのでしょう? 止めておいたはずの小舟が流されているではありませんか。
なんということでしょう? 右に左にくねくねと曲がりくねった川を進んでいます。
当たりの風景はちっとも変りません。 だから、何処をどう流されているのか分からなくなってきました。
「これはいったい、どういうことなのだ?」 さすがのクリスティーも動転してしまったようです。
近くに生えている葦をもいでみました。 でもそれが抜けません。
「こんなことが有るもんか! 誰かのいたずらだろう?」 やっとの思いで葦をもいだのですが、、、。
何処から吹いてきたのか竜巻のような突風が吹いてきました。 その中から笑い声が聞こえます。
「そなたは私の好意を無にしたのだ。 しばらくはその中で苦しむがよい。」 「あんちきしょう、、、。」
そうは思いましたが、彼が乗っている小舟はハラハラと舞い上がっていきました。
どれくらい経ったのでしょう? クリスティーはいつか深い眠りに落ちていました。
「クリスティー殿 クリスティー殿!」 誰かが自分を呼んでいます。
(誰だろう?) 不思議に思った彼は体を起こそうとするのですが動きません。
「そなたは動かずともよい。 動けばその穴から一生涯出ることが出来なくなるでな。」 「誰だ?」
「名を名乗るほどの者ではございませぬ。 ただあなた様をお助け申したいのです。」 「助けるだと?」
「足元に金色の花びらが落ちておりまする。 それを口に咥えて目を閉じなされ。」 誰だか分らぬ者の言うことなど聞きたくは無いのですが、そうしないとこの穴から出られないというのです。
クリスティーは足元を見ました。 なるほど、金色の花びらが3枚落ちております。
そのうちの一つを手に取って眺めてみますと、それはそれは美しい姫に変わりました。 「あなたは、、、?」
ところが姫は何も申しません。 ただ悲しそうな目でクリスティーを見詰めるだけ。
そこで彼は2枚目の花びらを手に取りました
遠くに馬小屋から覗いていた山が見えてまいりました。 「おー、あの山はいつ見ても堂々としておるなあ。」
その頂にはこの冬に降り積もったであろう銀雪が帽子のように覗いております。 「さぞや、寒いのであろう。 雪が未だに残っておるとは、、、。」
季節は5月。 燕が巣作りを終えて子育てをしております。 と思えばカッコウが優雅に囀っております。
「この辺りは何という国なのだろう?」 彼は不思議に思いましたが、まだまだ大丈夫。
ザイミールの国は出ておりません。 何せ、彼は王亭の周囲しか歩いたことが無いのです。
下っ端の馬小屋役ですから遠出することも有りませんし、他国の要人が来られても挨拶すらしないのです。
毎朝、毎晩、馬の世話をしながら馬と共に過ごしていますから、王亭の人たちでさえ彼を馬男と呼んでおるのです。
そんなクリスティーでしたから彼が居なくなっても心配する者は居りません。 そういう意味では気軽な身分なのですね。
しばらく行くと川岸に民家が見えてきました。 彼は船を止めまして、岸に上がりました。
その姿を見付けたのか、家人らしい女性が近付いてまいりました。 「其方はどちらからお出でになりまして?」
「いや、私は船が好きで川を渡っていたのです。」 「そうですか。 ならば私どもの家で一休みされるとよい。」
女はどこかに気品を感じさせる風体でクリスティーを案内いたします。 「さあどうぞ。 こちらへ。」
荒れ野のあばら家とは違い、粗末ではありますが、石造りの家です。 中へ入りますとクリスティーは居間へ通されました。
「旅のお方がお見えになっております。 少しばかり食事の用意を、、、。」 女が命じますと下女らしき女が食事の支度を始めました。
「其方は名を何と申すのですか?」 「はい。 私目はクリスティーと申す者です。」
「そうでありますか。 ではクリスティー殿、食事が済まれたら一時でもお休みになられては?」 「有り難くお受けしましょう。」
女は用が有るとかで外へ出て行かれました。 クリスティーは食事をしながら旅の計画を練っております。
何しろ、あの山まではまだまだ遥かに遠くございますからね。
やがて下女が寝床を拵えたと言ってまいりました。 「ありがとう。」
彼はそれだけ言うとさっさと寝床に入って寝入ってしまったのですが、、、。
ガサガサという音がして目を覚ましますと、家は影も形も無く消え失せております。 「これはいったいどうしたんだ?」
寝床を見てみますとちょうど人が乗るほどの岩の上であります。 彼はそこで枯草に巻かれるようにして寝ておりました。
「これは勿怪の家ではないかいな。 さすれば俺は勿怪にまんまと騙されていたことになる。 愚かなことをした。」
悔みながら夜更けの道を川岸へ向かいます。 すると女性が立っておりました。
「おい、お前の家は勿怪の家か?」 女性はニヤリと笑ってクリスティーを見るだけです。
「何とか申さぬか? 聞いておるのだぞ。」 普段は滅多と怒らない彼も少しずつ苛立ってきております。
「まあまあ、旅のお方よ。 そんなに怒ることは無い。 十分に休まれたであろう?」 「それはそうだが、、、。」
「ならば怒ることも有るまいに。 其方はあの山のほうへ行こうとされておりますな?」 「なぜ分かるのだ?」
「この川はあの山へ通じておるのです。 だが今は寒さ険しく行く者は居りませぬ。 どうしても行かれるのか?」 「そうだ。」
「何か急ぎの用でもお有なのか?」 「カサブラーナと申す国を探しておるのですよ。」
「そうですか。 ならば、お気を付けてと申すしかございませぬ。 道中にはまだまだ見ぬ者が居ることでしょうから。」 「まだ見ぬ者?」
「私も詳しくは存知あげませぬ。 おやめになったほうがよろしいのでは?」 「いや、行く。 決めたことを曲げられぬからな。」
「では、、、。」 女性は悲しそうな目でクリスティーを見送られたのです。
クリスティーは何だか気にはなりましたが、兎にも角にも船を漕ぎ出だして川を進み始めました。 気持ちの良い風が吹いております。
(この辺りに勿怪などという者が住んでおったのか。 知らなかったな。) 岩の布団で一夜を明かしたのですから何ともいい気はしません。
小鳥が囀りながら横切っていきます。 遠くでは畑を耕している農夫の姿が見えます。
王亭の中で決まりきった一日を過ごしていた彼にとっては見る物全てが目新しいのです。 キョロキョロと辺りを見回しております。
「馬の世話よりはずっといいわ。 このままで旅を続けたいもんだな。」 口髭を撫でながら船の真ん中にどっかと腰を下りして空を仰いだ時です。
「何だ あれは?」 大きな大きな花びらのような物がゆっくりと舞い降りてくるのが見えました。
そしてアンカスの山を指さすように消えてしまいました。 「何だろう? 不思議なことも有るもんだな。」
彼は今見た風景を何度も思い出してみました。 白くて荘厳で艶やかな、、、まるでカサブランカのような花弁、、、。
それがなぜ天上から降ってきたのか? そしてまたそれがなぜ不意に消えてしまったのか?
何度思い返しても不思議なのです。 彼は髭を撫でながら考え込んでしまいました。
船は相変わらずゆったりと流されていきます。 白い雲がポカポカと浮かんでいて気持ち良さそう。
不意に腹が減ったことを感じたクリスティーは女がくれた食べ物の包みを開けました。 中には粟のおにぎりが三つ。
それに肉を炙った物が数切れ。 (これでも飯には違いない。 食べるとするか。」
それぞれがけっこうな大きさです。 おにぎり一つで腹を満たしてしまいました。
「今夜は船の上で寝るとするか。 勿怪に揶揄われては適わんからな。」
適当な岸辺を見付けて小舟を横付けしますと、、、。 「あらあら、旅のお方ではあるまいか? お宿は用意してありますぞ。」
という男の声が聞こえます。 クリスティーは首を横に振って船の床にゴロリと横になりました。
それから何時間が過ぎたのでしょう? 止めておいたはずの小舟が流されているではありませんか。
なんということでしょう? 右に左にくねくねと曲がりくねった川を進んでいます。
当たりの風景はちっとも変りません。 だから、何処をどう流されているのか分からなくなってきました。
「これはいったい、どういうことなのだ?」 さすがのクリスティーも動転してしまったようです。
近くに生えている葦をもいでみました。 でもそれが抜けません。
「こんなことが有るもんか! 誰かのいたずらだろう?」 やっとの思いで葦をもいだのですが、、、。
何処から吹いてきたのか竜巻のような突風が吹いてきました。 その中から笑い声が聞こえます。
「そなたは私の好意を無にしたのだ。 しばらくはその中で苦しむがよい。」 「あんちきしょう、、、。」
そうは思いましたが、彼が乗っている小舟はハラハラと舞い上がっていきました。
どれくらい経ったのでしょう? クリスティーはいつか深い眠りに落ちていました。
「クリスティー殿 クリスティー殿!」 誰かが自分を呼んでいます。
(誰だろう?) 不思議に思った彼は体を起こそうとするのですが動きません。
「そなたは動かずともよい。 動けばその穴から一生涯出ることが出来なくなるでな。」 「誰だ?」
「名を名乗るほどの者ではございませぬ。 ただあなた様をお助け申したいのです。」 「助けるだと?」
「足元に金色の花びらが落ちておりまする。 それを口に咥えて目を閉じなされ。」 誰だか分らぬ者の言うことなど聞きたくは無いのですが、そうしないとこの穴から出られないというのです。
クリスティーは足元を見ました。 なるほど、金色の花びらが3枚落ちております。
そのうちの一つを手に取って眺めてみますと、それはそれは美しい姫に変わりました。 「あなたは、、、?」
ところが姫は何も申しません。 ただ悲しそうな目でクリスティーを見詰めるだけ。
そこで彼は2枚目の花びらを手に取りました