【完結】魔法学院の華麗なるミスプリンス 〜婚約解消された次は、身代わりですか? はい、謹んでお受けいたします〜


 ◇◇◇



 今日の最初の授業は魔法化学だ。薬品の臭いが漂う化学実験室。教卓で教師のエトヴィンが、気だるげな様子で頬杖を突いている。魔法化学を担当している彼は、長い銀髪を緩く束ね、白いローブを着ている。厳格であまり愛想がないので、生徒からは少しばかり敬遠されている。

「前回の小テストを返却するぞー」

 そう言って人差し指を軽く下から上に振り上げると、羊皮紙がひとりでに宙に飛んで、回答者の目の前に配布される。

「全問正解者は――レイモンド・アーネルただ一人。難問だったが優秀だな。それ以外の奴は中間考査までにちゃんと復習しとけ」

 オリアーナは魔法が使えないという点を除けば非常に優秀だった。勉強にしても武術にしてもレイモンドに劣らずできたし、何をやるにも要領がいい。

「さすがはレイモンド様ですね!」
「……ジュリエット。君はその……どうやったらそんな点が取れるの?」
「あら、こちらに合格印の(マル)がついているではありませんの」
「それはたぶん……0点の0だと思うよ」

 どれだけポジティブなんだろう。彼女は全問不正解していながら、呑気にへらへらと笑っている。戦闘魔法においては類まれな才があるが、座学はこの有り様である。いわゆる脳筋令嬢だ。

 生徒たちが小テストの結果に一喜一憂していると、エトヴィンがわざとらしく咳払いをした。それを合図に、生徒たちの視線が黒板に向けられる。

「あー、今日は予告した通り、雲の生成を行ってもらう。手順は上記の通り。試験管Aの液体をBに注ぎ、魔力を付与する。失敗したら爆発するから気をつけろー」

 さらりと恐ろしいことを言われた気がする。

 雲は水蒸気の塊なので、魔法を使わずとも条件が揃えば簡単に再現できる。しかし、ここで行う雲の生成はそれとはひと味違う。遥か上空に巨大な雲を作り、自由自在に天候を操る上位魔法――天候操作の実践だ。この魔法は、乾いた土地を癒すために重宝されている。

(これ、どう考えても外でやる実験じゃ……)

 内心で突っ込むが、周りの生徒たちは何ら疑いを持たずに実験に着手している。班ごとに呪文を唱えると、広い実験室の天井に暗雲が立ち込め、雷がいななき始めた。

 さすがは名門魔法学院の生徒たちだ。初めてで天井を埋め尽くすほどの雲の生成を成功させるとは。しかし、感心したのもつかの間。ぽつりぽつりと降り出した雨は次第に大雨に変わり、生徒たちに降り注いだ。
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