【完結】魔法学院の華麗なるミスプリンス 〜婚約解消された次は、身代わりですか? はい、謹んでお受けいたします〜
するとレイモンドは、おもむろに袖を捲った。彼の手首には、当主の証である十字の紋章がうっすらと浮かびかけていた。
始祖五家の爵位継承には、変わったルールがある。純血かどうかや生まれた順番は重視されず、手首に十字の紋章を持つ人が、当主を務めるという……。十字の紋章を持つ始祖五家当主は、聖女に忠誠を誓って生きるのだ。
「生きていられたら僕が必ず、父を当主の座から引きずり下ろします。家督を継げばあの両親と完全に縁を切ることはできませんが、姉さんは違います。完全に縁を断つべきです」
現当主の父は、当分子どもたちと代替わりすることはないと高を括っていたが、まさかレイモンドに紋章が発現するとは。
きっとあのていたらくな現当主を、神は不適任と判断したのだろう。
でもどうして、明日の命さえ危ぶまれている状態のレイモンドに紋章が浮かびかけているのだろうか。
「そうだね。考えておくよ」
しかし、レイモンドが家督を継げるのは、もしこの先も生きていられたならの話だ。彼は小さく息を吐いた。
「万が一……僕がいなくなっても、姉さんにはセナがいます。彼ならきっと、姉さんを大切にしてくれるし、守ってくれます」
「どうして急にセナが出てくるの?」
「僕の推しです」
「推し」
なぜセナを勧めてくるのかはよく分からないが彼はきっとこの先も味方でいてくれるだろう。
少し喋ったらレイモンドは疲れてしまい、その日はすぐに寝てしまった。
◇◇◇
すると翌日。オリアーナがいつものように夕食を届けに行くと、レイモンドが寝台の上で苦しそうにしていて。
「レイモンド、どうしたの!? レイモンド……! しっかり……!」
寝台のシーツをぎゅうと握り締め、呻き声を漏らすレイモンド。額に脂汗を滲ませ、悲痛に顔を歪ませている。
「くっ…………う」
「どこが痛いの?」
「胸が、痛いです。内側から何かが爆発するよう……」
レイモンドはオリアーナの手を縋るように握ってきた。その手が小刻みに震えている。
(鎮まれ、鎮まれ、鎮まれ……)
苦しみにあえぐ弟の傍で、オリアーナは何もしてやることができなかった。
「死にたく……ないです、姉さん……」
「うん、そうだよね。大丈夫だから。きっとよくなる。姉さんが傍にいるからね」
大切な人が苦しむ姿を見るのは、胸が張り裂けるように辛い。姉さん、姉さんとうわ言のように名前を呼んでくる彼に「大丈夫だから」だと声をかけて、背中を摩ってやることしかできない。すると、レイモンドがはっとして顔を上げた。
「魔力が暴走して……っ。――姉さん、離れて!」
彼に突き飛ばされた直後、部屋が眩い光に包まれる。床や壁が衝撃に揺れる。
(レイモンド……!)