【完結】魔法学院の華麗なるミスプリンス 〜婚約解消された次は、身代わりですか? はい、謹んでお受けいたします〜
コンコン。
「失礼するよ。エトヴィン先生をお連れした」
部屋に入ると、セナが持ってきた古い本を熱心に二人で眺めていて。セナはエトヴィンの姿を見ると、本を閉じてテーブルに置いた。レイモンドは寝台に座ったままでは客人に対して失礼だと思ったらしく、立ち上がろうとした。それをエトヴィンが制する。
「いい。お前は楽な体勢でいろ」
「お気遣い痛み入ります。本日はどうぞよろしくお願いします。エトヴィン先生」
「ああ。さっそく身体の方を診せてもらうぞ。いいな?」
「はい」
エトヴィンは一通り問診したあと、レイモンドの胸に直接触れた。
「セナは何か見える?」
「いや。でもエトヴィン先生には見えてるんだろうね」
「そう……だね」
セナに冷静な口調で返されるが、オリアーナは内心でどきどきしていた。診断がつくまでの時間ほど怖くて憂鬱なものはない。エトヴィンはしばらくしたあとで、重々しく言った。
「真実をはっきり伝える。やはりお前の体には、二つの魔力核が内在している。それがお前を苦しめる根本原因だろう。そして――」
「現在の医学でなす術はない……ということですね」
「……ああ。若いお前にとっては、酷な話だがな。俺では力不足だ。……悪いな」
「いいえ。診断がついただけで、僕にとってはありがたいことです」
オリアーナは傍らでその話を聞いて、唇を固く引き結んだ。やるせない思いが、ふつふつと湧き上がってくる。
するとセナが、オリアーナの背にそっと触れて「大丈夫だから」と囁いた。はっとして顔を上げれば、彼が先程レイモンドと見ていた本をエトヴィンに見せた。
「――これは?」
「三代前の聖女様が遺された日誌です。ここには、精霊の力を借りて魔力核の移植を成功させた前例が記録されています」
「精霊の力……。つまり、聖女にのみ実現可能な方法、か」
エトヴィンはオリアーナの方を見据えた。
(聖女になら……レイモンドを助けられるということ? ――私になら)
そのとき、扉がノックされる音が響く。中へと促すと、執事が新たな客を連れて来た。
白銀に輝く長い髪に、紫の瞳。
乳白色の肌と、扇の弧を描く薄い唇。
神々しい雰囲気をただよわせる白いローブを着た彼女は、現聖女のユフィーリア・シュペルニーだ。彼女の後ろには二人の護衛騎士が控えていて。そのうちの一人は、風魔法を得意とする始祖五家の当主だった。
オリアーナ、セナ、エトヴィンはその場で深々と一礼した。聖女は王族や始祖五家の中でも別格の存在。彼女を目の前にすれば皆が頭を垂れる。オリアーナは彼女に最大限の敬意を抱きながら挨拶した。
「お久しぶりです。聖女様。本日はわざわざこちらまで足をお運びくださり、心から感謝申し上げます」
「ご丁寧にありがとうございます、オリアーナさん。さぁ皆様、顔をお上げになって?」
鳥が歌うような、柔らかで優美な声だ。ユフィーリアに許可を貰い、一同は姿勢を直した。年齢は三十代後半だが、実年齢よりずっと若々しく神秘的な姿をしている。彼女は風魔法を得意とする始祖五家出身。その実力は折り紙付きだ。
ユフィーリアの妖艶な美貌に魅入っていると、彼女は優しく目を細めた。
「事情は坊やから聞きましたわ。レイモンドさんの魔力が異常に増大しており、魔力核に障りがあるのだと……」
彼女が『坊や』と呼ぶのはセナだ。ティレスタム家とシュベルニー家は縁が深く、彼女はセナが幼いときから可愛がってきた。
レイモンドが魔力核を二つ体内に持っている件と聖女の日誌に書かれていたことをユフィーリアに打ち明けると、彼女もまたレイモンドの胸を観察した。
(聖女様にも、魔力核が見えておられるのかな?)
オリアーナも今一度目を凝らしてみるが、やっぱり何も見えない。レイモンドを観察したあとで、ユフィーリアは眉尻を下げた。
「――確かに皆様がおっしゃるように、精霊を頼れば解決できるやもしれません。ですが、今の私では……お力になれないでしょう」
「どうしてです? あなたは精霊との意思疎通が得意だったでしょう」