モノクロの僕と、色づく夏休み

第16話「山の神様」

 意地で自転車を漕ぎ続け、駅まで到着したオレに、アキラは「お疲れ様~! 結構、根性あるじゃん?」と労うように、水筒を差し出してきた。

 もうその中身は温くはなっていたが、疲れた体に染み渡った。

 へばって座り込んでいるオレの横で、アキラは、ある一点を見つめていた。


 あの場所だ。

 あの山の入り口……。

 アキラの表情は、決意に満ちていた。
 その決意は、不思議とオレに伝染してくるようだった。

 アキラに「動ける?」と促され、オレは自然と立ち上がった。

***

 アキラはウエストポーチから、小型の懐中電灯を取り出した。

「行くわよ」

 ここまで来て異論はない。オレは黙って頷いた。

 山の中は、二年前のあの夏と一つも変わっていなかった。
 しっとりとした薄暗さ、虫の声、木々のざわめき……

 まるでタイムスリップして、あの日に戻ったようだった。

 オレはアキラの斜め横を歩きながら、ずっと知りたかったことを、素直に声に出した。

「アキラ……この山に、一体何があるの?」


 アキラは、前を見据えたまま答えた。

「この山に神様がいるって話、聞いたことある?」
「神様⁉︎」

 そういえば二年前、アキラを追いかけながら、祖父から聞いたそんな話を思い出したような……

 よくある民話かと思っていたので、アキラの口から、真面目にそんな答えが返ってきて、ちょっと面食らった。

「ああ……なんか聞いたことあるかも……でも所詮は作り話だろ?」
 
「この山の一番上には、神様がいて、もし出会えたら、何でも願いを叶えてくれるって、私も暁生(あきお)さんから聞いたの」
 
「暁生さん?」
 
「同じ病院に入院していた、おじいさん」
 
「……お前、まさかそんな話を信じて、この山に登ろうとしてたわけじゃ、ないだろうな?」
 
「そんなわけないでしょ。……神様なんて、いるわけないもの」

 アキラの声は、冷ややかに響いた。

「人が理想とする神様が存在するなら、世界がこんなに、不公平なわけない。信じられるのは自分の力だけ……ずっとそう思ってた。あの日の夜まではね」

 アキラは、山に入ってから初めて、オレの方を振り向き、眉をひそめて苦笑いした。
 

つづく
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