モノクロの僕と、色づく夏休み

第18話「月」

 アキラは前を見つめ、山道を力強く進んでいく。
 
「そう決めた日から、すごい頑張ったのよ、私。どうやって山登の準備をするかとか、どうやって病院抜け出すか……とか!」

「お前……親御さんたち、ものすごい心配したんじゃないか? うちに挨拶に来た時もさ……すんごい頭下げてたぞ。『ありがとうございましたー、本当にありがとうございましたー!』って……」

「うん。病院に還されて目が覚めて、お父さんに引っ叩かれたもん」
 
「……え⁉︎」
 
「その後、お父さん泣いてて……さすがに私も堪えた……でもあの時、病気と戦ってるのは自分一人じゃないんだって、本当の意味で分かったわ」

「……」

「だけど……あの時の私に、他人のことなんか考える余裕、なかったのよね……必死だったから。それに周りの支えだけじゃ、やっぱり手術を受ける勇気は、持てなかった気がする……今まで何一つ、自分一人で成し遂げられたことなんか、なかったし……」

 そう告白するアキラの眼差しは、力強いが、どこか憂いがあった。

 あの小さな体で、どれだけの悔しさと虚しさを、抱えていたのだろう?

 その辛さが、オレに伝染しそうになる。何だか泣きそうになるのだ。自分が辛かったわけでもないのに。

 オレは、それを振り切りように、わざとおどけるように呟いた。

「……それじゃ、お前を追いかけてきたオレのことは、さぞかし迷惑だっただろうな?」

 途端に、アキラの眉間に皺が寄る。

「そうよ! 始めは私の行く手を邪魔する地獄の使者か、死神か何かかと思ったわよ! 希望を目指す勇者を、ずるずると地獄に引きずり込もうとする感じ? 神様はいないけど、悪魔は存在するかも……って本気で思ったよ」

 やれやれと迷惑そうに、アキラは悪態をついた。
 
 人の親切心を……人として、こうはなりたくないな……。

「……でも、オレがいなかったら、お前死んでいたかもしれないんだぞ?」
 
「だからもし死んでたら、それが私の運命だったんだって……あの時も言ったでしょ? ……そのくらいの決死の覚悟だったのに!!」
 
「ああ、そうですか! 悪かったな! 追いかけちゃって!!」

 まさか二年越しに、文句を言われるとは思ってなかった。

 あんなに必死になってアキラを抱え、山を降りた自分は何だったのかと、切なくなってくる。

 まあどうせ、オレの自己満足ですよ……小さな親切、大きなお世話ですよ……

 オレがむくれている横で、アキラはさらに続けた。

「途中で倒れて、挙句、だれかに背負われて……情けなかった……。何一つ自分で出来ないなんて……これだけはって……心に決めていたのに」

 木々を伝う風がアキラの心をかすめて、オレまで運んでくるようだった。

 オレ……余計なことしちゃったのか? ……でも……

「……でもあの日、満月を皓平の背から眺めて……すごく綺麗だと思った。背負われることなく、私一人で山の中でうち捨ていれられていたら、あの月に気づくこともなく、死んでいたかもしれないし」

「……」

「だから、今度はね、神様を見たいなって思ったの」
 
「神様?」
 
「そう、神様。月でさえあんなに美しいんだもの。きっと神様はもっとすごいんじゃないかって……そんなすごいものも知らないで、死んでいくのは嫌だなって」

「でも……神様なんて……」

「いたのよ。私分かったの、暁生さんが言ってた神様が何なのか」

「え?」

 アキラは今までにないくらいに、柔らかに微笑んだ。

 気がつけばいつの間にか、歩く道はなくなっていた。

 そこは山の頂上だった。


つづく
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