モノクロの僕と、色づく夏休み

第8話「不思議な光」

 何者だったんたんだろう?

 オレの前にふっと現れて、風のように去って行った。


 本当に人間だったのかな?

 そんなおかしな考えすら、浮かんでくる。

 そう言えば、ここら辺の山の上には、神様が棲んでいて、時折、人間に啓示を与えたり、幸運や不幸をもたらすために地上に降りてくるって、じいちゃんに聞いたことがあったような、なかったような……。

 少年との出会いは、そんなことをオレに思い出させた。

 ボーとしていたせいか、道に迷ったことに気が付いたのは、しばらくあとだった。


 この分だと、遭難してニュースに採り上げられるのは、オレの方かもしれない。
 ふっとさっき少年が零した言葉が、オレの頭を過った。

『もしここで死ぬようなら……自分がそれだけの人間だってことだよ』

 運がなかったって、ことだろうか?

 この世界に、必要なかった人間ってことだろうか?

 ……そうかもしれない。

 オレみたいな人間がいなくなったところで、世の中は一ミリも変わらないで回るのだろう。

 あの少年の言葉は、オレに対する警告だったのかもしれない。

 そう考えると、歩くのもうっとうしかった。

 どっちにしろこんなところで道に迷って、下山出来る自信もない。

 祖父母の家では、今ごろ大騒ぎかもしれないが、そんなこともうどうでもよかった。

 その時オレの目の前で、何か光った気がした。

 オレは思わず目を擦った。

 一瞬人魂かと思って後ず去ったが、それはそんな非現実的なものではなく――


 蛍だった。


 蛍なんて、生まれて初めて見た。

 その輝きは優しくて柔らかで、そして切なかった。

 蛍って、水辺にいるものじゃないのか? と不思議に思ったが、蛍に引き寄せられるように、オレはまた歩き出した。

***

 ふわふわと飛んでいた蛍が、いつのまにか消えてしまい、オレは心細くなったが、同時に心臓が飛び出そうなほど驚いた。

 木の幹に寄り掛かり、ぐったりとしている、あいつがそこにいたのだ。オレは慌てて、少年の側に駆け寄った。

「おい! 大丈夫か⁉︎」
「……はあ、……はあ、……」

 疲れてただ休んでいるわけじゃない、明らかに具合が悪そうだ。

「……その、リュックの、……左の脇ポケットから……薬と、水を……」
「え⁉︎ ああっ、ちょっと待ってろ!!」

 慌てていて、薬を渡すのに少し時間が掛かってしまったが、少年は手馴れた手つきで薬を飲み干した。

 しばらくすると、少年の息遣いが落ち着いて行った。

 オレはたまらず口を開いた。

「……お前、どこか悪いのか?」
「……」

 少年は俯いたまま、何も答えない。
 図星か……。

「オレが背負ってってやるから、山を降りよう」

 本当は降りられるあてなんて、なかったけど、今、目の前にいる少年に、更なる不安を与えることは、絶対にしてはいけない気がした。

 そう思って、オレが少年に手を差し伸べようとしたら、もの凄い勢いで手を叩き落とされた。

「痛っ! 何すんだよ!」
「余計なことすんなよ! 消えろ!」

 どんな育ち方したら、こんな表情が出来るのだろうかと、オレは血の気が引いた。

 その少年の顔は、まるで鬼のような形相だった。

 手に残った痛みと、親切心を踏みつけられた痛みと情けなさでオレは一瞬、放心状態になってしまったが、立ち上がった少年がよろよろと歩き出し、また倒れこんだ姿が目に入ると、我に返った。


 ……動かない。

 少年はもう、ぴくりとも動かなかった。


 もしかして……死んじゃったのか?

 そう思うと、怖くて少年に近づけなかった。

 怖い……

 不気味に響く虫の声や、ねっとりした暗闇が、余計オレの恐怖心を煽った。


 オレの、せいなんだろうか?

 どうして、こんなことに……

 どうしてこんなことに、なってるんだろう?



 本当なら今ごろ、祖父母の家に着いていて、のんびりと退屈な時間を過ごしていたはずなのに……

 あの時……バスを降りなければよかった。
 余計なことに、首を突っ込むとこうなるんだ。

 何にも関わらず、何もしなければ、こんな気持ちになることもなかったのに……

 そんなこと、分っていたはずなのに。

 怖い……どうしよう……どうしよう?


つづく
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