春送り〜藩医の養父と娘の禁断愛〜

第壱話 春拾い

 横に太い格子が取り付けられた天井窓から朝陽が差し込み、チュン、チュンと雀のさえずりが聞こえて来る。

 わたしは布団のなかで薄く目を開けた。

 いつもならすぐに起きて身支度をして家事に取りかかるのだけれど、今日はそんな気にならなかった。

 ただ、ぼんやりと薄明るい天井を眺めて感慨にふける。
 
 腹の下が鈍く痛む。
 その痛みはまるで、昨夜の出来事が夢ではないと教えてくれるようだった。

 できるだけ音を立てないよう静かに寝返りをうつ。
 隣で安らかな寝息を立てるは、齢四十の男。

 十四年前、山に捨てられた幼いわたしを気まぐれに拾って育てたお人好し。

 どんな女も振り返る色男だったのに、わたしを拾ったばかりに妻を持つことを諦めた気の毒な男。

 そして、わたしの命よりも大切な人。

 いくら歳を重ねようとも、この人は美しく老いていく。

 わたしは布団から身を起こして、男のそばに座った。
 眠る男の頭を撫で、男の唇に自分の唇を重ねる。

「ん……」

 男はわずかに喉を鳴らし、片目を細く開けた。

「朝ですよ」

 わたしが微笑むと、男は弱々しく微笑み返してゆっくりと起き上がる。
 伸びてきた腕に囚われて、ぎゅっと抱きしめられた。

「夢じゃないんだな」
「ええ……夢じゃあありませんとも」

 目を閉じて思い出す。
 わたしたちが、夫婦になるまでの長い道のりを--……。
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