春送り〜藩医の養父と娘の禁断愛〜
 三日後に、わたしは村を出て行くことになった。
 母の手作りのお守りを首から下げて、後ろ髪を引かれる思いで歩き出す。
 家のほうへと走り出せなかったのは、七さんがわたしの手を繋いでいたからだ。

 それからは、七さんと一緒に各地を転々としながらナガサキに向けて旅を続けた。
 気付けば、家に帰りたいと言い出すこともできないほど遠くまできてしまっていた。

 家族が恋しくて泣く夜もたくさんあったけれど、七さんは怒ることなくそばにいてくれた。
 寂しさを埋めてくれるのは七さんの優しさと温もりだけ。

 七さんをおとうだと思って接しているうちに、七さんもわたしを娘のように接した。

「妻に先立たれまして、娘とふたりで旅をしているんです」

 七さんは新しい土地に入ると、わたしたちの関係をこうやって説明するようになっていた。

 わたしは、なぜか「娘」と言われることがどうにも許せなかった。
 七さんをおとうの代わりにしているけれど、七さんの「娘」にはどうしてもなりたくなかった。

 人前では服を引っ張って呼び、ふたりきりのときは「七さん」と呼ぶ。
 どうあっても「おとう」と呼ばないわたしに、七さんはとうとう何も言わなくなった。
 わたしは七さんも呆れるくらい頑なだった。
 
 辛いことも苦しいことも経験して、お侍様や僧侶を相手に商売をしながら三年かけてナガサキにたどり着いた。
< 10 / 38 >

この作品をシェア

pagetop