春送り〜藩医の養父と娘の禁断愛〜
 その日の夜、七さんは布団のなかからわたしに話かけてきた。

「お春」
「なに?」
「おっかあ、ほしいか」

 真っ暗闇のなかに七さんの声が溶ける。
 わたしは布団のふちをぎゅっと握りしめた。耳の奥でドクドクとひどい音が鳴り響く。

「…………」
「お春?」

 七さんは、どう?
 嫁さん、ほしい?

 胸のなかに浮かぶ言葉は、口に出せなかった。
 七さんは嫁さんをもらってもいい歳だと、子供のわたしでもわかっている。
 わたしさえ居なければ、七さんはとっくに嫁さんをもらって、子供もできて、まわりの家族と同じように過ごしてきただろう。

 わたしはいつだって、要らない子だ。

「要らない」

 目の端からつっと涙が伝う。

「でも、七さんが嫁さんほしいならいいよ」

 どうしようもなく、声が震える。

「代わりに、わたしは出てく」
「なにバカなことを」

 七さんがバサっと布団から身を起こす、そんな気配がした。
 わたしも激しい気持ちに煽られて、布団から身を起こした。

「捨てられる前に出ていくと言っているの!」
「誰がお前を捨てるものか!」
「七さんもどうせ、子供が増えたらわたしを捨てるんだわ!」
「なにをバカな……、俺がどんな思いでお前を育ててきたと」

 わたしたちは、互いの表情がわからないことをいいことに、剥き出しの感情をぶつけ合っていた。

「母親なんて要らない。なにも要らない。わたしには、七さんだけでいいの」
「お春」
「……わたしの気持ちは伝えたから……あとは七さんが決めて。もう知らない」

 わたしは横になって布団を頭からかぶり、次々に溢れてくる涙を袖でぬぐった。
 わたしは、なんてひどいことを言ってしまったの。七さんの優しさにつけ込んで、わたしをそばに置くよう脅してしまった。

 ヨシばぁは、大人の仲間入りと言ってくれたけれど、わたしはちっとも大人じゃなかった。
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