春送り〜藩医の養父と娘の禁断愛〜
 七さんは、嫁さんをもらわなかった。
 長屋の人たちに言われても首を縦に振らず、「医学に専念したいから」と断り続けた。でもわたしは、いつ七さんの気持ちが変わるか気が気じゃなかった。

 一年、二年と時が経つにつれて、お千さんはきれいになって、さぁいつ嫁ごうかという話になっていった。

 それに、わたしが十五になる頃にはわたしと七さんの家にお千さんが出入りするようになっていた。

 名目はわたしのお守りだそうだけど、本心は七さんと縁を深めようとしているのは、容易に見てとれた。

 七さんが家を出るときもーー

「はい、薬箱。ふふっ、七さん。衣に飯粒がついとーばい」

 お千さんは七さんの胸をひと撫でしてから、襟元についた飯粒を取って、艶っぽく微笑む。

「すまんね。取ってくれてありがとう」

 七さんはちらっとわたしの顔色を窺って、複雑な表情を浮かべた。
 わたしは当然おもしろくないわけで。

「きれいなお千さんがいて、口元がゆるみましたか?」

 かわいげのないことを言ってしまう。

「いや……」
「まぁ。本当と? 七さん」
「ん、んん……」
「もう行ってください。遅れますよ」

 わたしは七さんの背中を押して家から追い出し、後ろで声をひそめて笑うお千さんへ振り返った。

「なぜ笑うの」
「ごめんねぇ。こがん毎日ば過ごせたら楽しいじゃろうなって」
「そういうお家に嫁げたらいいですね」

 わたしが睨むと、お千さんは余裕たっぷりに微笑んでうなずいた。
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