春送り〜藩医の養父と娘の禁断愛〜
 お千さんは大人だ。
 わたしのように、なんにでも怒らないし、七さんを困らせたり、傷つけることは言わない。
 わたしばかりが幼い。
 それが悔しくて、悲しくて、やり場のない怒りをどこにも向けられなくて、途方に暮れた。

 ある日、長屋の姐さんと風呂屋に行った帰り道のこと。

「ちょっと商店通り行ってみようか」
「ほしいものでもあるんですか」
「いんや。うち、人ん賑わいが好きばい。人が多ければ多いほど、うちん知らんこと教えてくれる」
「たとえば?」
「新しか菓子が出てきたとか」

 姐さんはにっと笑って、餅屋に走り出してしまった。餅屋からは香ばしいせんべいの香りが漂ってくる。
 せんべい、か。
 七さんと出会ったときのことを思い出し、懐かしくなる。あれから、いくつ春を見送ってきたことだろう。
 姐さんは、わたしの分もせんべいを買ってきてくれた。ふたりで歩きながら食べていると、やけに賑わう茶屋を目にした。

「姐さん、あそこ。どうして男のお客さんしかいないんです?」
「ああ、えぇと……話してんよかね……?」
「聞いちゃいけないこと?」
「いや、七さんが……まぁ、よかか」

 姐さんはこほんと咳をつくと、すこし屈んで声をひそめた。

「きれいな娘に会いにきとっとさ。気に入った娘がおりゃ金ば払うて、なかん部屋で仲ようするわけ」
「ああ、だから」
「うん?」

 どおりであの女の人、お千さんの目によく似てるわけだ。艶っぽく流し目をして男の気を引いて、首筋をよく見せる。

「色っぽいのね」

 わたしは女の人たちをじっと見つめた。
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