春送り〜藩医の養父と娘の禁断愛〜
 お千さんの存在に疲れたとき、わたしは決まって男がたくさん集まるあの茶屋に向かった。ひとり歩きはやめておきな、という姐さんたちの忠告を無視して、茶屋の娘たちを見に行った。
 茶屋の娘たちの笑み、仕草、髪型、それらすべてを目に焼きつけて、家に帰っては試す日々を送る。

 桶に張った水を鏡にして微笑み、ほつれた髪を指先で撫でる。
 すこしでも大人になるために、七さんの気を引くためにーーバカなことをと思ってもやめられなかった。

「お前、最近妙なことを覚えてねぇか」

 寝支度をしているとき、いきなり七さんに言われた。
 一瞬、どきっとしたけれど、布団を敷くことに専念する態度を取って「妙って?」と返した。

「嫁入り前だ。慎みを待て」

 その口ぶりは、わたしのやっていることを見透かしているみたいだった。
 カッと顔が熱くなり、泣きたい気分になる。

「そんなことっ」

枕をじっと睨んで怒りを吐き出した。

「だったら、それをお千さんに言ってよ!」
「今はお前の話を」
「お千さんだって慎みがないじゃない。七さんの女みたいな顔をして」
「お春!」
「っ……」

 七さんに強い調子で名前を呼ばれると、気持ちが萎えてしまいそうになる。

 悔しい。悔しい。悔しい。

 どうしてお千さんはよくて、わたしはいけないの。わたしは"女"になりたいだけなのに。

「お春。そんなに急いで大人になろうとしなくても、お前はべっぴんだ。最近じゃ、長屋のかぐや、なんて言われてんだ。俺は心配で仕方ねぇよ」

 七さんの話はなんの慰めにもならなかった。
『竹取物語』に出てくる姫さまのようだと言うなら、どうして七さんはわたしを求めてくれないの?
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