春送り〜藩医の養父と娘の禁断愛〜
 わたしが親に捨てられたのは六つになるころだった。

 山菜取りを手伝っておくれと父に手を引かれて山に入り、ふと気づいたときには父の姿が見当たらない。

 登って来た道を泣きながら戻るも村は見えてこない。「おとう」と何度呼んでも、返ってくる声はなかった。

 春の山で迎えた夜は寒く、獣の気配に怯えながら泣き疲れて眠ってしまった。

 そこで命が尽きればよかったものを、しぶとく生き残ったわたしは山菜を握って山をさまよい続けた。
 父と再会できたら山菜を渡して、それから褒めてもらうんだと、それだけが心の支えだった。
 しかし、一向に村は見えてこない。

 ついには見知らぬ川に行き着いて、空腹と喉の渇きから川辺に座り込んでしまった。

「おとうー! どこー、どこだー! おとう、どこいった……どこに……」

 たすけて。
 お春はここにいるよ。
 どうして見つけてくれない。
 
 寂しさに膝をかかえていると、ジャリと土と石ころを踏む音が背後で聞こえた。
 獣かと緊張して振り返ると、若い男が笠の先を持ち上げて驚いた顔で立っていた。

 ここらでは見ない、どこか品があって凛とした、それでいて整った面構えをしている。
 こんなに背の高い男は村でも見たことがなく、恐ろしくも感じた。

 けれど、その男はわたしに近づくでもなく、その場で片膝をついて目線を合わせて来た。

「お前さん、ひとりかい」

 なんて優しい声だろう。
 久しぶりに聞いた大人の声に、わたしは答えることもできぬまま、わっと泣いてしまった。
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