春送り〜藩医の養父と娘の禁断愛〜
 家を空けてばかりで、お春の行きそうなところなどまったく予測ができなかった。
 走って探して、叫んで走って、汗が額から垂れて、着物の合わせも乱れて、ひどいあり様になってようやく、川にかかる橋の上でお春を見つけた。
 ぜぇ、はぁと苦しい呼吸を繰り返し、やっとのことで名を呼んだ。

「お春」
「……七さん」

 振り返ったお春に迷わず腕を伸ばし、抱き寄せた。
 あんなに小さく頼りなかった身体が大きくなって……。
 ますます大人の女へと変化していくのだと思うと寂しくなった。
 いつか、自分の手の届かないところへ行ってしまう。そうでなければならないのだ。

「川を見ていたの」
「具合は? まだ気分悪いか?」

 お春は俺の話など聞こえていないように、頭を動かし、川を見るように頭をくっつけてきた。

「桜の花が流れていたのを思い出していたの。出会ったときのこと、今でもよく覚えているのよ。七さんと過ごしてきたこと、みーんな覚えてる」
「俺だって忘れちゃいない」
「いつか……みーんな、忘れちゃうわ。忘れて、お千さんと幸せになって」

 誤解だと言ったところで、お春の心は晴れないのだろう。
 お春の望むものーーわかっていても、それだけは与えてやれない。
 与えてやるわけにはいかない。

「お前だけいればいい。俺はもう幸せだ」
「ふっ……ぐっ……出会わなければ……七さんは嫁さん貰って、子どももいて……わたしさえいなければ……ごめんなさい……」

 お春は俺の着物を掴んで、静かに泣いた。
 自分のせいで、なんて思わないでほしい。
 
 山に捨てられた気の毒な娘と出会ったのも、神が与えたなにかの縁。
 ナガサキへ行ってなにになるという迷いのままに各地をさまよっていた俺を、お春がナガサキへと導いてくれた。

 すべては、お春と共に生きるため。

 ナガサキへ行くという決断をさせてくれたのは、他でもないお春なのだ。

「俺は後悔なんてしてない。会えてよかったと心から思ってる……なぁ、信じてくれよ、お春。これだけは信じてくれ」

 いい大人が、それも男だって言うのに、俺はみっともなく涙を浮かべていた。
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