春送り〜藩医の養父と娘の禁断愛〜
「越州に、ですか?」

 祐庵(ゆうあん)先生に部屋へ呼ばれたと思ったら、越州に行かないかと言われた。
 夏祭りから数日後のことだった。

 白髪をきれいにまとめた、威厳ある顔立ちの老医師は肘掛けに身体をあずけるように腕をついていた。半年ほど前につまずいて転んでから、脚を曲げると痛むようになったのだ。
 師は茶色の夏衣の襟を手で直しながら、うむとうなずいた。

「高森で藩医をしている 陽玄(ようげん)から文が届いてな。陽玄はかつての弟子だ。藩医を探しているらしい。腕の立つ若い医者がいたら寄越してほしい、と」
「わたしを推してくださるのですか」

 若いといっても自分はもう三十八の歳になるが、医者としての経験で言えば「若い」のかもしれない。
 師はまたうなずいた。

「はじめは軽輩医として軽んじられるだろうが、わしからのお墨付きとあれば無下にもすまい。お前さんの腕であれば充分やっていけるだろう」
「ありがたき幸せ。ぜひお引き受けしたく」

 俺が手をついて深々と頭を下げると、祐庵先生は納得したように頭を振った。
 ああ、やっとか。
 ようやく一人前と認められた気がして、舞い上がる気分だった。
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