春送り〜藩医の養父と娘の禁断愛〜
 宿屋の主人に呼ばれて診察をし、用事が済んで宿屋を出たところでお春の姿を見かけた。
 これまで往診のときにお春を見かけることはなかった。
 こんな偶然もあるものなのか。お春もきっと俺がここに居るとは思うまい。おどかしてやろうと後を追えば、お春は迷わず出会い茶屋の方へと足を運んでいく。

「おいおい。これはどういうことだよ。妙なところには行くなとさんざ言ったのに」

 お春は店の表に出ている長椅子に腰掛け、出てきた茶屋の嬢と笑みを交わしていた。
 話していた嬢が店内に消えても、店のなかをじっと眺めている。なにかに集中するような真剣な横顔に、疑問ばかりが浮かぶ。

 いったい何を見てるんだ?

 すると、旅装束の男がお春の隣にすとんと座り、お春の顔を覗き込んだ。
 どう考えても茶屋の嬢と間違われている。
 顎やら頬を触られて、お春は頭を横に振り勢いよく立ち上がる。
 その仕草に明らかな拒絶の色が見えた瞬間、俺は薬箱を抱えて走った。

 ーー俺のお春に触るな!!

 無意識に腹の底から湧き出る怒りに任せて、ふたりの間に割って入る。
 お春の驚く声を無視して、俺は男を睨みつけた。

「うちの嫁になにか用かい」
「ふんっ、人妻がこんなところに出入りするもんかい。アンタが目をつけている娘ってだけだろい」
「俺の嫁だって言ってんだろ。帰るぞ」
「は、はい」

 お春の手を握って家路を急ぐ。
 指を絡めておけば、振り解くこともできないだろう。そう思ってのことだったが、お春は俺の強引さに怒るでもなく、無言のままに受け入れた。
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