春送り〜藩医の養父と娘の禁断愛〜
 家のなかに入るなり、俺は繋いでいた手を離して振り返った。
 お春の気まずそうな顔に胸がうっと詰まる。だが、たしなめなければならない。

「お前なに考えてんだ。あんなところにいったい何の用があって出入りしてんだ!」

 嫁入り前の生娘が居ていい場所じゃない。そんなこと、言わなくてもわかっているはず。

「別に、なにもありません」
「俺に嘘をつくのか」
「本当になにもありません。ないものをないと言って何がいけないんです」
「お春」

 お春は悲しげにうつむいて、はぁと大きくため息をついた。そして長い沈黙のあと、お春は目を上げて俺をきっと睨んできた。

「あの店の姐さん方に、七さんが教えてくれない男女のことを教えてもらっていたんです。どういう男に気をつけたらいいのか、どういう仕草なら男に気に入られるのか。そういったことです」
「お前、そんなことを」

 愕然とする俺に対して、お春はうつむいて自分の腕をぎゅうっと掴むと、また口を開いた。

「代わりに、薬草のことを教えていました」
「なに? 薬草のことを?」
「さっきは、玉緒姐さんが湿疹に悩んでいたから、十薬の使い方を教えてあげました。……七さんに教えてもらったことを使って、誰かの役に立ちたかったから」
「どんなふうに伝えた」

 薬の使い方を誤れば毒になる。
 新たな患者が生まれたのではないかと気が焦り、強い口調で尋ねてしまう。
 お春の口から語られる話に耳を澄ませ、使用方法にすこしの誤りもないことに驚いた。別の生薬について聞いてみれば、それもまた誤りがない。

「こりゃ驚いた。丸っと覚えているのか」
「ぜんぶ覚えてますよ。ぜんぶ、大事な思い出ですから……」
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