春送り〜藩医の養父と娘の禁断愛〜
 泣いているわたしを前に、男は困った様子でささっと近づいて来た。

「可哀想にな。ひとりで怖かったな」
「ひぐっ、おとうがいなくなった」
「そうかい。さぞ辛かったろう」

 男はわたしの話をじっくりと聞いてくれた。話は昨日の出来事だけでなく、家族のこと、家での生活のことにまで話が及んだ。

 うんと泣き尽くして涙が枯れたころに、男は眉を下げて頭を横に振った。

「これからお前さんに辛い話を聞かせることになる。だけど、大事な話だ」
「うん」
「お前さんは、捨てられちまったのかもしれない。だから、俺がお前さんを家に帰しても、またおとうに山へ連れて行かれるかもしれない」

 もう涙は出ないはずなのに、熱いものが込み上げてくる。

「それでな、俺がお前をもらってやろうと思う」
「え?」
「俺は七之助って名だ。薬を売って歩いていてな、今日も薬草を採りに来たってわけだ。ちょうど弟子がほしくてなぁ」

 男はわたしの手にある山菜をちょっと見て指をさす。

「どうやらお前さん、草を見分けられる頭があるみたいだし、どうだい。俺のお供になってみないかい」
「いやだ……おかあに会いたい」
「いや……まぁ、だろうなぁ。そうだよな」

 七之助と名乗った男はがしがしと頭を掻いて、大きくため息をついた。
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