春送り〜藩医の養父と娘の禁断愛〜
「お前に対して父親の顔をしてきた。兄の顔もした。十何年もだ。それなのに、お前に手を出しちまったら俺は」

 七さんの声が震えた。
 わたしの手を掴む手のひらからも、苦しみが流れ込んでくる。

「俺は、自分のしてきたことが咎になっちまう気がして怖いんだ! 親が子に手を出すなんて、俺にはできねぇ」

 絞り出すように紡がれた言葉に、胸が苦しくなった。
 怖いと言っているこの人に、これ以上縋っても心を痛めつけるだけ。

「七さんの気持ち、よくわかりました。親が子に手を出すなど咎でしかない。もっともです。でも、あなたが育ててきたのは、血の繋がった娘でも妹でもありません」
「違う。違うんだ、お春。そういうことじゃあ」
「わかっています。なので、これきりにします」
「え……」
「最後の悪あがきってやつです」

 わたしが七さんから離れる気配を見せると、七さんの手に込められた力が抜けて、するりと解放された。

「七さんを苦しめてまで、七さんを手に入れても幸せにはなれない。わかっていたけれど、あなたを諦めきれなかった」

 目を閉じて深く息を吸う。
 これで本当にしまい。
 しまいに、しなければ。

「今まで迷惑をかけてごめんなさい」

 目を開けて、苦しそうな表情を浮かべる七さんを見つめる。

「これでようやく、大人になれそうです」
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