春送り〜藩医の養父と娘の禁断愛〜
 土間に足を下ろし、廊下のへりに座って七さんを待つ。
 その間、いつものように仲良くなった女中たちと話をしていた。話の内容は世間話がほとんどだったけれど、時には皮膚の疾患や冷え性に効く薬草を教えることもあった。

「お春ちゃん、嫁ぎ先は決まったの?」
「あ、いえ……それはおそらく、これからだと」
「お春ちゃんみたいなべっぴんさんなら、引く手あまたでしょう」
「それに頭も良いときた」
「男に生まれてたら、七先生と同じお医者様になっていたかもしれないわよね」

 わたしは愛想笑いを返すしかなかった。
 男に生まれたらどんなに良かったか。
 こんな苦しい想いをすることもなかった。そして、七さんを苦しめることも。

「あ、先生がお戻りになったわ。それじゃ、わたしたちはこれで。またね、お春ちゃん」
「はい。お世話になりました」

 頭を下げた女中たちとすれ違う七さんは、いつもなら微笑んで応えるのに、今日はどこか上の空で頭を下げていた。
 黙って草履に足を通す七さんに不安を感じた。

「なにかありました?」
「いや……」

 七さんはそう濁して戸を開ける。
 頼りない足取りで出て行ってしまう七さんに、わたしは慌てて廊下に置いていた笹の葉の包みを持ち、背中を追った。
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