春送り〜藩医の養父と娘の禁断愛〜
「さて、どうするか」

 男は背負っていた縦長の大きな木箱をわきに置いて、どっかりと座った。
 持っていた竹筒を開けると、ずいと差し出してくる。

「飲みな。あとでまた必要になるから、すこしだけな」
「ありがとう。七之助おじさん」
「七さんでいい。知り合いは皆こう呼ぶから」

 わたしはうなずいて竹筒を受け取った。
 喉が渇いてたまらない。すこしだけと言われたのに半分も飲んでしまった。

 七さんはわたしが返した竹筒を覗き込んで、あーあと苦笑いした。
 怒ったふうではなくて、どこか面白がっているようだった。

 七さんは続けて木箱の引き出しから包み紙を取り出して、わたしの目の前で包みを開けた。

「せんべいだ。ひとつ食べてみろ」

 薄くて丸い板のような食べ物を渡され、まじまじと眺める。せんべいは硬くて軽かった。
 歯を立ててバリッと折って食べる。
 いつも食べる麦やひえの味がするのに、驚くほど美味しく感じられた。

 夢中で食べるわたしを見て、七さんは膝に頬杖をついて楽しげに鼻を鳴らした。

「もうひとつ食うか」
「うん」
「どうせなら、川でも見ながら食うか」

 足が痛くて怠くてすこしも歩けなかったけれど、七さんが川のそばでわたしを待つように振り返ったから、仕方なく立ち上がった。
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