春送り〜藩医の養父と娘の禁断愛〜
 のろのろと歩いて七さんの隣に並び、川を眺める。

 白っぽい薄紅色の花びらがいくつも流されている。ここに立つまでまったく気付かなかった。

「風情があっていいな」

 わたしはせんべいを噛みながら、七さんを見上げて首をかしげた。

 七さんは、わたしをちらっと見て目を細め、川のほうへと視線を戻す。

「ありゃあ、桜だ。山の上のほうで咲いているんだろう。春を見送りながら食べるせんべいはどうだ」

 おいしいよ、と答えるよりももっと別のことを伝えたくなった。

「わたしも春」
「あん?」
「お春っていう」

 七さんは目を瞬いたかと思ったら、喉を反らして高らかに笑った。
 あまりにも笑うものだから、つられて笑ってしまった。

「春かぁ」

 と呟いて、腕を組んでなにかを考えるように川を眺めた。

 わたしがせんべいを食べ終わっても、七さんは無言のまま。

 なんだか不安になって、垂れた着物の袖を引っ張ってみると、七さんはやっとわたしを見た。
 そして、眉を下げてくしゃっと笑った。

 七さんの人差し指が、わたしの口の端についたせんべいのカケラを引っ掻くように落としていく。

 それがどうにもくすぐったくて、顔を振って指から逃れた。

 七さんは手を下ろすと空を見上げて、はっと短く息を吐いた。

「春……拾ってみるか」
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