春送り〜藩医の養父と娘の禁断愛〜
 七さんはわたしを家に帰してやると言った。

 この人の言うことをどこまで信じたらいいかわからない。不安がないかと言えば嘘になる。だけど、わたしは七さんを頼る以外、無事に山を下りるすべがない。
 七さんの言葉を信じるほかなかった。

「お春、手を出しな。はぐれねぇように」
「うん」
「ふっ、お前は素直でいい子だな」

 七さんの手の平はとっても広くて、指も長くて、とにかく大きいと思った。
 硬い皮とカサカサに乾いた感触とぬくもりが、おとうの手に似ていてほっとした。
 そんな手に包まれて、腕を引かれながら山を下りていく。

 わたしが握りしめていた山菜は、七さんの背負う木箱に入っている。

「家に帰ったら、おとうに渡してやれ」と言われた。
 そのときの七さんの声は、どこか冷たかった。

 山の麓にある村は、わたしの知らない村だった。
 七さんが仮の宿として住んでいるという長屋に招かれて、山をさまよっている間にできた傷を洗い、薬を塗ってもらった。

「お春の村には名があるのか?」
「月見池って名前の池があってね、月見池村って言ってたよ」
「この村で知っている者がいないか尋ね回ってみよう。お前さんは、そこにある布団で横になってな」

 そう言い残して七さんは長屋を出て行った。
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