春送り〜藩医の養父と娘の禁断愛〜
 この家はどこもかしこも草の濃い香りがして、山の中をさまよったときのことを思い出して怖くなった。
 けれども、七さんに言われた通り布団に寝転がると、あっという間に寝てしまった。

「お春、夕げができるぞ」
「ん……おとう……?」
「ははっ、寝ぼけてんのか」

 わたしは目をこすって身体を起こした。
 突き上げ窓から夕の光が差し込み、土間にあるへっついで夕げを作る七さんの背中を照らしていた。

「あ、そっか。七さん、おかえり」

 七さんの動きが固まった。
 どうしたんだろう、と首をかしげる。

「七さん?」

 七さんが私の声に振り返った。
 緩んだ口元には当惑したような、なんともいえない笑みが滲んでいる。

「ただいま」

 恥ずかしさを隠すみたいに、さっと顔をそらしてまた夕げの支度に戻った。

 行灯が薄く照らす居間で、七さんと一緒に夕げを食べる。
 夕げの内容はご飯に漬物と山菜の汁物で、汁物には具がたくさん入っていた。
 とても贅沢な夕げに笑みがこぼれ、そんなわたしの様子に七さんも嬉しそうだった。

「お前さんの村がどこにあるかわかったぞ」
「よかったぁ」
「うん。明日の朝にここを出て向かうから、今日は早く休むんだぞ」
「ありがとう、七さん」

 家に帰れる喜びから、笑顔がなかなか引っ込まない。
 七さんがとても複雑そうな顔をしていることにも気付かず、わたしは夕げを楽しんだ。
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