春送り〜藩医の養父と娘の禁断愛〜
 おかあのすすり泣きや、兄たちの気まずそうな表情。
 七さんはそれらを憐れむように見て、おとうと向かい合った。

「すこし、よろしいか」

 七さんはそう言って、おとうを家から離れたところへ連れて行った。

 おかあはわたしを抱きしめると、涙声で「ごめんね」と「お春」を交互に言い続けた。
 こんなに泣いてくれるのだから、家族はわたしを捨てたわけじゃない。やっぱり、山ではぐれてしまっただけなんだと思った。
 
「さあ、家にお入り。あの方にもお礼をしなくちゃね」
「七さんは薬売りなの。とても優しくしてくれたんだよ」
「そうかい、そうかい」

 その日の夜は、わたしが採った山菜を夕げに出してもらい、狭い居間に七さんも混ざって眠った。
 朝になると、おとうとおかあに大事な話があると呼ばれた。そこには、七さんもいた。

「七之助さんが、お前さんをぜひ弟子にしたいと言ってくださった。だから、七之助さんと一緒にナガサキへ行きなさい」
「え……えっ、いやだ! おとうなんで」
「辛くなったら帰ってきていいから、やってみなさい。お春」
「おかあまで!」

 このやり取りが、両親と七さんなりの思いやりなのだと知ったのは後のこと。
 口減らしのために山に捨てられた事実を受け止めることができたのは、さらに数年後のことだった。

 七さんは、またわたしが捨てられることを危惧して、「弟子として連れて行く」体でわたしを両親から引き離そうとしたのだそう。

 両親も子を捨てる苦しみから逃れるために、わたしを七さんに託す決断をした。

 そんなことなど当時のわたしには理解もできず、ただただ困惑と悲しみで泣き暮れていた。
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