聖母召喚 〜王子に俺と結婚して聖母になれと烈愛されてますが、隙を見て逃げます〜
「そうよ。魔法陣も描いたし、神官も待っているわ」
 彼女が示した先には、円を基調とした図形が床に描かれていた。魔石を使った明かりがゆらゆらとそれを照らしている。

「ほかの二人は一緒じゃないの?」
「連絡が取れなくて」

「そう……。仕方ないわね」
 そう言うファリエルタの声は震えていた。

 バレたら反逆罪。
 そう言っていたことを思い出す。

 一瞬、手紙を残してきたことを悔やむ、が、ファリエルタのことには何も触れていない。なんとかなるだろう。

「魔法陣の真ん中に立ってください。神官が呪文を唱えます。一度始めたら途中でやめられませんよ」
「ありがとう」
 それ以上なんと言えばいいのかわからず、頭を下げてから魔法陣の真ん中に立つ。

 神官が呪文を唱え始める。
 魔法陣が青く発光し始めた。

 その時だった。

 神殿の扉が乱暴に開けられた。
 数人の黒尽くめの男が侵入してくる。
「なんですか、あなた達は!」
 ファリエルタが叫ぶ。

 神官たちはそちらを気にするものの、呪文を続ける。

「全員殺せ!」
 黒尽くめのリーダー格が命じたのと、詠唱(えいしょう)が終わるのは同時だった。

 逃げるファリエルタの背に侵入者の剣が振り下ろされる。

「嘘、なんで!?」
 三千花が叫ぶ、

 神官も逃げようとするが、黒尽くめは素早く走って神官を刺す。

「くそ、間に合わない!」
 黒尽くめの男が(ののし)る。
 彼らは光る魔法陣の中には入ろうとしなかった。
 三千花自身は()いとめられたかのように足が動かない。

「聖母候補が令嬢を殺して逃げたことにすればいい」
 リーダー格が言う。異世界で聞いた最後の言葉だった。

 気がつくと、三千花の前には見慣れた景色があった。
 職場への通勤路、毎日のように通った道。
 無事に帰れたのだ。
 思うと同時に涙がこぼれた。






 * 第二章 終 *








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