聖母召喚 〜王子に俺と結婚して聖母になれと烈愛されてますが、隙を見て逃げます〜
* * *
事件を抱えている刑事には定時なんてない。
蓮月はうんざりしていた。
聞き込みをして帰ったら報告書、情報の整理、防犯カメラのチェックの手伝いなどなど、やることはたくさんある。
痴漢容疑の男の捜査も終わっていない。余罪が多いので裏取りに手間取っている。刑事の仕事は犯人逮捕で終わりではない。
一息つこうか、と思ったそのときに、内線電話が鳴った。近くにいた人物がとり、部屋に声をかける。
「鈴里三千花に聞き込みに行った人は?」
「俺です」
蓮月は手を上げて答えた。
「その人が一階に来てるってよ」
「了解です」
何気なく答えたが、蓮月は緊張した。
あの異常事態の当事者が会いに来た。
「私も行くわ」
優梨が言う。蓮月はうなずいた。
結局、異世界の話は優梨にはしていない。
証言者がもう一人いるなら、優梨も信じるだろうか。
蓮月は前を歩く彼女の規則正しい歩みを見つめた。
蓮月たちが一階に降りると、三千花はカウンター近くのベンチに座っていた。頬を腫らして、落ち着かない様子でキョロキョロしている。
蓮月と優梨に気がついた彼女は、すぐに立ち上がって駆け寄ってきた。
「刑事さん」
言った瞬間、彼女の目に涙があふれた。
「えっ」
蓮月はたじろぎ、一歩あとずさる。
その服を、彼女はがしっと掴んだ。逃がすまい、という気迫がそこにはあった。
「何?」
うさんくさいものを見る目で、優梨は蓮月を見た。言外に色恋沙汰を持ち込むな、と言われているようで、蓮月は慌てて首をふる。
「違う、そんなんじゃない」
気がつくと、周りにいる全員が彼らを見ていた。
「違うから!」
蓮月が慌てるほど、周囲の視線は冷たくなった。