聖母召喚 〜王子に俺と結婚して聖母になれと烈愛されてますが、隙を見て逃げます〜


 * * *


 事件を抱えている刑事には定時なんてない。
 蓮月はうんざりしていた。

 聞き込みをして帰ったら報告書、情報の整理、防犯カメラのチェックの手伝いなどなど、やることはたくさんある。

 痴漢容疑の男の捜査も終わっていない。余罪が多いので裏取りに手間取っている。刑事の仕事は犯人逮捕で終わりではない。

 一息つこうか、と思ったそのときに、内線電話が鳴った。近くにいた人物がとり、部屋に声をかける。

「鈴里三千花に聞き込みに行った人は?」
「俺です」
 蓮月は手を上げて答えた。

「その人が一階に来てるってよ」
「了解です」
 何気なく答えたが、蓮月は緊張した。
 あの異常事態の当事者が会いに来た。

「私も行くわ」
 優梨が言う。蓮月はうなずいた。

 結局、異世界の話は優梨にはしていない。
 証言者がもう一人いるなら、優梨も信じるだろうか。
 蓮月は前を歩く彼女の規則正しい歩みを見つめた。





 蓮月たちが一階に降りると、三千花はカウンター近くのベンチに座っていた。頬を腫らして、落ち着かない様子でキョロキョロしている。
 蓮月と優梨に気がついた彼女は、すぐに立ち上がって駆け寄ってきた。

「刑事さん」
 言った瞬間、彼女の目に涙があふれた。

「えっ」
 蓮月はたじろぎ、一歩あとずさる。

 その服を、彼女はがしっと掴んだ。逃がすまい、という気迫がそこにはあった。

「何?」
 うさんくさいものを見る目で、優梨は蓮月を見た。言外に色恋沙汰を持ち込むな、と言われているようで、蓮月は慌てて首をふる。

「違う、そんなんじゃない」
 気がつくと、周りにいる全員が彼らを見ていた。

「違うから!」
 蓮月が慌てるほど、周囲の視線は冷たくなった。

< 211 / 317 >

この作品をシェア

pagetop