聖母召喚 〜王子に俺と結婚して聖母になれと烈愛されてますが、隙を見て逃げます〜





 会議室で二人きりになり、三千花は口を開いた。
「あのときのこと、覚えてますよね」

 震える声で三千花に問われ、蓮月は神妙にうなずいた。異世界転移に巻き込まれ、縄で縛られた屈辱的な出来事。
 彼女は大きく息をついて、覚悟を決めたように話し始めた。

 二人を異世界に連れて行ったのはあちらの国の王子であること、蓮月が帰ったあと誘拐されたこと、助けに来た王子が斬られ、命の危機にあること。その状態で自分だけ送り返されてしまったこと。行きたくても自力では行けないこと。

「そんなことって――」
 蓮月はどう答えたらいいのかわからない。
 彼は自身の体験すら今でも夢ではないかと疑っているほどだ。

「信じなくてもいいです。どうかあの人を助けてください。いえ、あちらに行けるだけでいいんです。刑事さんなら何か情報を知りませんか」
 悲痛な訴えに、蓮月は口を引き結んだ。
 目の前の彼女は真剣だ。

「――俺にはわからない」
 正直に答える。
 三千花の顔に絶望が浮かぶ。

「俺より向こうを知っている君ですら知らないのに、俺が知るわけがない。わかってる(・・・・・)だろう?」
 三千花は泣きそうに目を細めた。

「泣いても俺にはどうにもできない」
 蓮月は現実をつきつける。

「王子なんだろ? だったら軍とかそういうところが死にもの狂いで救出するさ。しばらくしたら元気にまた君を迎えに来るよ」
 三千花は目に涙をためてまっすぐに蓮月を見すえた。

 蓮月はドキッとした。
 こんな表情をする人だったのか。 
 すぐ泣く女性は苦手なのだが、彼女は泣いて他人にどうにかしてもらうつもりではない、という意志を見せていた。

「わかりました。ありがとうございました」
 三千花は席を立った。

 蓮月はそのまま玄関まで見送った。
「どうだった、事件のこと何か聞けた?」
 優梨がすかさず聞いてくる。

「――忘れてた」
「忘れてた!? あり得ない!」

「それどころじゃない話だったから」
 優梨がじとーっと彼を見る。
「いやだから、そんなんじゃないから!」
 優梨はため息をついた。

「まあいいわ、明日にでも一緒に彼女の家に行きましょう」
 彼女の提案を蓮月は了承した。
 明日はどんな話になるのか、不安が残った。

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