聖母召喚 〜王子に俺と結婚して聖母になれと烈愛されてますが、隙を見て逃げます〜
乙女沢芳和子はイライラしていた。
最初、召喚された直後は何が起きたのかわからず怯えていた。
が、聖母候補であること、異世界であることを説明され、丁重に扱われ、納得した。
ようやく自分の真価が理解されるときがきたのだと思った。
翻訳機能のあるという腕輪を渡されたから、言葉には困らなかった。
だが、それだけだった。
普通、こういうのは溺愛とか特殊能力が発現するとかあるんじゃないの。
自分には一切その兆候がなく、芳和子の不満はたまる一方だ。
侍女からの話によると、第一聖母候補のところには第二王子が頻繁に出入りして、それはそれは大事にされているという。
だが、自分のところには第二王子は全く来ないし、それどころか第四までいるという王子の中の誰一人として来ないし、溺愛も寵愛もされていない。
一度、大神官長を名乗るおじさんが面会に来たが、それだけだった。
隣室には同じく召喚された……というより召喚に巻き込まれた晴湖がいる。自分の召喚に巻き込まれただけのくせに、第三の聖母候補と言われているのも気に入らない。
しかも晴湖は持ち前の美貌とコミュ力で侍女や兵士とも仲良くなったようだ。廊下で談笑している声が扉越しに聞こえてくる。それが彼女の憤りを増幅させた。
彼女の担当になった侍女はそんな芳和子を見てオロオロとうろたえる。
その様子がさらに彼女の神経を逆撫でる。
今日ばかりではなく、こちらに来て数日、侍女はいつもビクビクオドオドして芳和子をイラつかせていた。
「クズばっかり」
芳和子はソファを蹴っ飛ばした。
ビクッと侍女が震える。
いっそこいつを蹴っ飛ばしてやろうか、と芳和子はぎろっと侍女を睨んだ。