カマイユ~再会で彩る、初恋
「俺の父親、凄く女たらしで。作品のモデルには手を出すし、美術商(アートディーラー)にも手を出したり。本当に手癖が悪くて……。しかも、その女性にのめり込むと家庭を顧みないほどだったから」
「……そうだったんですね」
「愛人つくって、その女に子供ができて。俺の母親はそういうことの積み重ねで心労が祟って息を引き取ったんだ」
「……」
「だから、決して誰も愛すまいとずっと思ってた」
祥平くらいにしか話したことのない闇の部分。
けれど、茜と歩む人生を考えれば、避けては通れない道だ。
「恋が何なのか、愛がどういうものなのか、知ろうともしなかったし、知りたくもなかった」
「……」
「誰かに執着することもなかったし、心が惹かれることもなかった。だから、絵を描くことが好きでも、人物画だけは描きたくなくて」
「……え?」
「描けないと言った方がいいのか。……父親みたいに憑りつかれるほど心を奪われるんじゃないかと、恐怖でもあって」
「……」
「だけど、今まで三十五年生きて来て、一人だけ描きたいと思える女性がいた」
「……お母様ですか?」
「ううん」
俺を映す瞳が心なしか揺れ始めた。
「見せたいものがある」
ゆっくりと彼女を立たせ、手を引いて隣りの部屋へと。
「凄いっ、何ですか、この部屋…」
「俺が描いた作品の一部が置かれてる部屋だよ」
「一部?」
「ん」
二十畳ほどあるアトリエみたいな部屋。
今は保管庫に近い感じになっていて、所狭しと作品が置かれている。
「あっ…」
気付いたようだ。
俺が心から描きたいと思った人物。
「……私ですか?」
「ん」
F十二号サイズ(六〇六ミリ×五○○ミリ)の人物画。
淡い色目の油絵で、助手席で寝ている彼女の横顔を描いたもの。
Fとは、Figureのことをいう。