カマイユ~再会で彩る、初恋


目覚めた五十嵐は、案の定驚愕した。
その表情一つとっても新鮮で、当時一度も見たことの無かったあどけない表情を見せてくれた。

正直、下着姿の彼女を一晩中抱き締め、既に精神的に崩壊している俺は、彼女から視線が逸らせなくなっていた。

空っぽになった胃に優しい食事をと思い、雑炊を作ったまでは覚えている。
けれど、それをどうやって自分の口に運んだのか、覚えていない。

ただただ、ずっと見ていたくて。

こんな風に誰かと時間を共有したいと思ったことがなかった。
いつでも一人でいる方が気楽で、誰にも左右されることなく自然体でいられるのが心地よくて。

キャンバスやパネルに向き合い、何もない所から少しずつ形をつくっていく過程が好きだった。
だから、一人で風に揺られ花の香りを楽しみ、光を浴びて音を感じる。

全身で感じる些細な刺激を形にして、それだけで満足だったのに。

十年前の衝動が蘇る。

黒曜石のような黒々とした瞳を通して見ている世界を描きたい。
白魚のように華奢な指先が触れるものに成り代わりたい。

溢れ出す欲望が蠢いて、抑えきらないほど渇望してしまう。

もう一度、触れるにはどうしたらいいのだろう。
もう一度、抱き締めて貰うにはどうしたらいいのだろう。

父親を反面教師に、生涯誰も愛さないと決めていたのに。

目の前の彼女にだけは、その誓いですら揺らいでゆく。

胸の辺りまである長い髪を片方に流し、片手で押さえながら雑炊を口にする五十嵐。
その所作一つで、またじわりと『教え子』が『教え子』ではいられなくなってゆくようで。

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