カマイユ~再会で彩る、初恋


『先生、ご結婚されましたよね?』
凄く簡単なことなのに、それが口に出来ない。
聞いてしまったら、この場にはいてはいけないと即刻退場を言い渡されそうで怖い。

妻帯者や婚約者持ちの人が、幾ら教え子であったとしても自宅に連れ帰るだなんてありえない。
万が一、いや億が一の可能性で婚約者とは破談したという結末に仮定したとしても、ホテルに連れて行くこともできただろうに。

もう未成年なわけじゃない。
先生とホテルで一夜を共にしたとしても、通報されることはないのに。
私は何に対して違和感を感じるのだろう。

『矢吹 白杜』という人物が、空想上の理想男性だからなのか。
非現実すぎるこの状況が、すんなりと受け入れられずにいる。

視界に次々と飛び込んで来るモノがそう思わせるのか。
脳内に思い浮かぶピースが徐々に繋ぎ合わさっているような感覚。

部屋のあちこちに大きなイーゼルが幾つも置かれていて、木製パネルやキャンバスが立てかけられている。
それ以外にも壁に立てかけるように無造作に置かれている制作途中のものから、完成したであろうものまで。

高校ではほぼ毎日英語教諭として教壇に立っていたが、本職は美術。
彫刻家の父親の影響で、幼少期はヨーロッパで過ごしていたらしい。

都内でも有名な私立高校というのもあって、美術は選択教科のみ。
だから、週に数時間しか受け持ちがなかった。

放課後、美術室で絵を描く先生を何度も盗み見したことがある。
いつも憂いているその横顔がとても感傷的で、見ているだけで心が震える気がした。

「懐かしいな」
「え?」
「お前のそういう表情」
「……?」
「よく美術室に覗きに来てただろ」
「ッ?!!」

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